Hideto Ida's Blog 〜 時に放浪、日々朦朧 〜

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06/18  格闘gen論〜“引き抜き”は根源悪か?  / [contact sports:格闘と葛藤]
たった10日足らずの関西逃避行取材行だったが、いろいろまとめて考える時間が取れたのは“遠隔状態”の賜物かも。もう少し時間が欲しい気もしたけれど、このラウンドは一旦終了。また、落ち着かない東京での日々が始まるかと思うと少しユーウツ。

移動中は、もっぱらばうれび誌面で新しく始めるつもりのコラムのレジュメ整理に追われる。

このコラムシリーズでは、All Aboutの「時評」では断片を晒すだけで終わってしまっていた、僕自身の基本理念「メジャースポーツとしての格闘技像」について、どういう輪郭やパースペクティブをもって物を言っているのか、一回きっちりとまとめてしまいたいと思っている。

タイトルは「格闘gen論」で、ほぼ決まり。
genとあえてローマ字にしたのは、当て字がいくつかマルチに重なっていることを意味する。

・Boutreviewの意訳である「格闘“言”論
・経済論、社会論の角度から格闘技の現状を分析する「格闘 “現”論
・格闘技の未来像を自分なりの理想に沿ってデザインする「格闘 “幻”論
・格闘技がどのような過程で武道と分岐したか、その成り立ちを考える「格闘 “源”論
・格闘技をどう見るか、どう解釈するかの方法論「格闘 “原”論
・現在の格闘技が陥っている構造的問題点を指摘する「格闘 “厳”論

格闘技に関して物を言う人間としての、僕なりの立脚点を全部晒してしまえという試みになると思う。特に、「源」論の部分は、もう十年越しで書きたいと思っていたもので、「こんな辛気くさい話誰も読みたくないよなぁ…」と自主的にオクラにしていた『ゲームと真剣勝負』の構想をついに形にすることになる。

かなり読者を選ぶ試みというか、多分大半のばうれび読者にはスルーされてしまう物になるような(笑

ただ、今回のAll Aboutのコラムを巡るような議論が勃発した時に、井田というライターは、何を理想に、どういう背景を頭に描いて、どの立場から物を言っているのか。その基本理念をお目にかけるつもりである。

一見、堅苦しそうな話に聞こえるかもしれないが、要は「論理の補助線」を当てる事で、「勝った負けた」だけに留まらない格闘技の多角的な楽しみ方や、チケットを買うだけの一方的な消費者ではなく、ファンとしてサポーターとして見る側がシーンにコミットして行く方法論の提案できればいいなと思っている。

毎月のAAJ四本だけでヒイヒイ言っている遅筆の人のやることなので、せいぜい月一本ペースで発表できればいいかな程度の話ですが(笑





あと、ばうれび自体の運営も、ついでにいろいろ変えてしまおうと思っている。今のニュースサイトスタイルはもちろん維持していくつもりなのだけれど、この際もっとオープンな物に組み直して、読者参加のやりかたも掲示板に限らず、投票システムや読者Blogをサイト内部に組み込んだやり方ができないかと考えている。

これまでサイレントマジョリティだった、顔の見えない“ファン”の総意のようなものを、ネット特有の仕掛けであぶり出してみせたいのだ。

具体的な仕組みはまだ企業秘密。

多分密接にシステムも絡んでくるので、手伝ってやってもいいよというエンジニア系の人が居たら是非ご応募を。あと、誌面のあり方や運営方針に関しても、もっと外部の人の意見を聞きたいので、ブレーン的に絡んでくれる人も欲しい。多少オトナの人、年齢はともかく、格闘技しか見えていない視野の狭い人ではなく、一般社会に対してきちんと格闘スポーツを普及させるための手段を考えて行ける仲間で、ばうれびという道具を使って何がやれるか、一緒に考えて行きたいのだ。

いままではライターやカメラマンなどでボランティアをお願いして来たのだけれど、そういう“賢人会議”的な仲間の助けを得て、もっと媒体としての基盤を強くして、奥行きのあるものにしたい。

僕個人の漠然とした予感では、格闘技ブームと呼ばれる物は、ここ数年で多分終焉してしまうと思う。その先、格闘スポーツは最悪「バブル崩壊」あるいは「冬の時代」を迎えるのではないかと。無論、そんな予感は当たらないでいて欲しいのだけれど、多分表層的に今のブームの熱気に吸い寄せられて来た層は消えてしまうのではないかと思っている。

そうなってしまってから場当たり的に対応策を考えても遅いので、今からキリギリスのように「冬支度」を始めたい。コアに閉じこもるのであれば、多分規模は小さくてもファンは残るだろうと思うけれど、そういう消極的な話ではなく、サッカー界が「Jリーグ100年構想」を打ち出す事で、本当に社会的に支持されるスポーツとして生まれ変わったように、格闘技が、100年200年のスパンで、きちんと社会に受け入れられる姿をイメージして、それを支える思想をファンの側から模索できないだろうか、ということなのである。

そういう思想をきちんと組み上げて、クレバーなファンを作るのも、また媒体の仕事であると思う。ただ既成の媒体にはそういう指向性はあまりないと思う。善くも悪くも、現状をレポートする以上の役割を果たしていないのが今の格闘マスコミのあり方だと感じている。

はなはだ僭越ではあるがBoutreviewという場所を、僕はそういう未来志向の媒体として変えていきたいと思っている。どれだけの支持を得られるかはわからないが、可能なら「冬の時代」が来ても、格闘技ファンがその先の「春」を志向できるシェルターにしたい。冬が来ない場合は、常夏の世界で“焼け死なない方法”を模索しましょう(笑)

当然、冬の時代が来るかもしれないというのなら、Boutreviewの発行元である、Muscle Brain'sという会社の在り方自体、今後もっと多角的に経済的にももっと強い基盤を作って、展開して行かねばならないと思っている。今も実験的に格闘技にまつわるショップ展開やマネージメントをやってはいるが、これを本格的な事業にして行く上で、助言できる人や製品開発にも携われる人が欲しいところ。例えば、Tシャツブランドの開発や、映像配信などもやっていきたいので、デザイナーさんやプランナー、企業関係の方で「商売を一緒にやりましょう」という事業提案なんかでもいいのだ。

ぜひ「血が熱く、頭のクール」な方の挙手を期待したい。
まあ、井田って奴と一杯やってみようか、ぐらいの気分でどうぞ。

ida@boutreview.com






とか、そんな事を考えつつ、ヒント代わりに「サッカー批評」(双葉社)という非常に優れたスポーツオピニオン誌の先達をパラパラと読み進む。例えば、僕らの未来の一つの選択肢はこんなスタイルかもしれない。

特集は「Jリーグはもっと強くなれる」。西部謙司さんの巻頭記事は海外リーグの選手移籍事情とその経済論に踏み込んだ力作。非常に刺激になる。さらに「代理人とは何者なのか?」と銘打った田邊伸明氏のインタビューなど、相当脳を揺すられる。

今回の特集では、クラブ間の選手の選手のやり取りが、最終的にサッカー界全体にどう波及するのかが浮き彫りにされているサッカーというメジャースポーツにあっては、移籍によって生じる金銭の還流が、選手個人の欲望や、ビッグクラブの思惑を越えて、放出する側のクラブを潤す構造があるのだ。

端的にいえば、完全にオープンにされた「移籍金」というルールが、それを可能にしている。金銭問題に関してクローズな格闘技界にそのまま当てはめて考える事は難しいのだが。

こういう物を読まされてしまうと、僕がAll Aboutで書いた武士道リニューアル記事は、多分に感情的要素の入った「メジャーのスター総浚え」状況に対する反感を書いていたにすぎないのではないかと、反省させられる。

“引き抜き”や“レンタル”を必然と考えるなら、それをインディ団体の「経済的干上がり」や「メジャーへの従属」に堕さない方法論が必要なのだということが判ってくる。

うーむ、まずコレをやっつけることが「gen論」の第一弾になるのかもしれないぞ…。

投稿者 井田英登 at 18:49


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