こう見えても、実は一冬に数回風邪で寝込む。そんな事はまるで自慢にはならないが、今回にしても“恒例のダウン”ぐらいに軽く考えていたのは事実。
しかし、うがい、寝まくり、発汗、高栄養食と持てる自宅治療ノウハウを全て実践しても一切功を奏さないとなると、少し焦りが出てくる。それどころか症状はどんどんひどくなって、喉には針が1000本突き刺さったような状態。悪寒と頭痛がひどく、鼻水も止まらない。咳に至っては、一回ごとに喉から肺が飛び出してきそうな強烈なダメージが来る。
コレウワサニキクいんふるえんざトイウモノデハナイノカ…
となると普通の売薬では効く訳も無い。風邪にはベテランでも、インフルエンザというやつにはほとんど罹ったことがない。場合によっては肺炎だの髄膜炎だの結構恐ろしげな末路が待っているかもしれない。ついにダウン二日目に白旗を揚げて自宅治療を放棄。パワードスーツ+ホッカイロ三個の重装備で、近所の医者に駆け込むことになった。
案に相違せず、「流感」の病名を押し頂き、丸薬粉薬数種類をミックスした福袋を購入して帰ったのが、昨日の午前中のこと。服用してみると確かに、多少胸苦しさと頭痛は消えたように思える。これで一晩寝てみて、すかっと治れば29日の修斗後楽園には行けるかもしれないという淡い希望もあったのだが。
起きてみると、これがまた元の木阿弥。
咳の量こそ減ったものの、喉はまったくダメ。日差しのいい時間にショップの商品発送も兼ねて、おそるおそる篭城用の食料を買い出しに出たものの、30分外に居ただけでまた悪寒がぶり返す。
ダメダコリャ、と天国のいかりやチョウさんの声を子守唄に、朦朧と布団の中で一日を過ごすことと相成った。無論、修斗も泣く泣くパス。
じゃあおとなしく寝てたのかと言われれば、さにあらず。ココに書けない交渉とか、ココに書けない情報拾集とか、ココに書けない悪口とか、電話とメールだけはひっきりなしに襲いかかってくる。その上に仕上げなきゃいけない原稿、商談、ショップの商品追加、発送方法の考え直し、などなど諸々やることもあって…しまいには風邪の熱なのか、たんなる脳のオーバーヒートなのかわからないほど惑乱が進む。
ああ、リアルユデダコ返上の日は遠い。
さて、話は昨日の続き。
リアルな唄を聞いての帰り道、どうにも腹が減ったのだが、唄の感動に見合うものでなければ食いたくない気分。頭に閃くものがあるのは確かなのだが、というかそれしか無いぐらいの確信に近い。いやなに、普通にラーメン屋に行こうというだけの話なのだが、ただ“とある逡巡”があって、判断がつかない。
(…非常識な話だよなあ、絶対変だよなあ、どうしよう…)
とかいいながら、結局足は直感の指し示す方向にぴったり向かってしまう。
店が閉まっていてくれれば、残念だったなあで済む所なのだが、しっかり営業時間は24時まで。だー、今時のラーメン屋なのになぜ早仕舞いをしない!…意味不明の八つ当たり気分を抱えつつ、えーい、ままよで店に飛び込む。
だが、のれんをくぐったとたん、若いちょっと香川照之似の店員さんと目が合ってしまう。何か言いたげな視線を振り払うように
「えーと、味噌ください」
店員さんはクールな流し目一発、何事もなかったようにうなずくと、キッチン奥へ。切れのいい動きで、さっさと野菜を炒めだす。
一方、カウンターの手前側では、寡黙なオヤジさんらしい人物が麺箱から麺を一個取り出して揉み始める。ああ、それ、それその麺…。もうその段階で興奮がわき上がってしまっていけない。もしかしたら麺が顔を出したとたん、中腰になっていたかもしれない。落ち着け、落ち着け。
手際よく中華鍋を振る香川照之。油の爆ぜる音がし始める。オヤジさんはその音でタイミングを測っているのか、粉を落として少し放置していた麺をおもむろに湯に投入する。しばし中華鍋の金属音だけが店内に響く。
よく威勢のいい系のラーメン屋にある“かけ声セッション”は一切なし。麺をタモの中で踊らせているオヤジさんを横目に、中華鍋を置いた香川照之は丼を取り上げると、まず愛おしむように丁寧に拭きあげる。そして金属ポットから味噌を掬い上げ、滑らかな動きで投入する。寡黙で、無駄の無い一連の動作。ジャズ的なインターセッションの感覚。インプロビゼーションを繰り広げる相棒のメロディを確認しながら、次の一音を探るフリージャズの緊張感。
タイミングが来たのか、オヤジさんがタモを上げ、軽く、しかし丁寧に湯を切る。最近、意地のように麺を振リ回して、それをパフォーマンスかなにかのように演じる店員が居たりするが、そう言うケレン味は皆無。あくまで、さりげなく、実務本意。でも神経は行き届いてる感じがする。
スープに麺が投入されると、最後の仕上げは香川照之が担当する。あれ? ソロイストが彼だと、オヤジさんはアート・ブレイキーか…訳の分からない事を考えながら、丼がこっちに来るまで、じっと凝視してしまう。
↓の写真を見てもらえば判る通り、非常にシンプルな味噌ラーメンで、機を衒ったところは一切ない。
でも、このフツーに見える麺がね…とにかく麺がすごいんですよ。
筆舌に尽くし難いと言うか、夢に見ちゃうぐらい印象深くて。
中太のがっしりした外見で、卵麺らしいシコシコ感があるのだが、そのゆで具合がもうすごい。結構この手の麺は茹で具合が甘かったりすると芯が余分に残ってしまって粉っぽかったり、あるいは茹ですぎてでろでろだったり、とにかくコントロールが難しい。ましてソースに守られていないまま、皿に裸で盛られているのだから、水気は飛ぶだろうし、麺の状態を一定に保つのは、多分至難の業。
なのに、だ。
つるんとしたのどごしと、芯の強さ、しなやかさが最後まで続くのだ。もうそれだけでご飯三杯という状態の、なんともセクシーな麺なのである。
またスープもストイック。ちょっと酒精が勝ったような辛口の味噌で、スープが出しゃばらない。唐辛子に、粗挽き胡椒でさらにスパイシーにしてあるのだが、ハーモニーではなく、ぴしっと中央の味噌を立ててその他の要素がそれに付き従うような構成。きりっとしててすごく好み。
なんか書いてても興奮を抑えきれない。
夢中で食ってる最中もそんな感じだったらしい。ふと一段落ついて顔を上げてみると、香川照之がにやっと笑って見下ろしてるではないか。
目が合ってしまった。
「えーと…やっぱ、憶えてます?」
「ええ、今日お昼もいらっしゃいましたよね」
「イヤ、あの、その…この麺で味噌食ったら旨いだろーなーと思ったら、頭を離れなくなっちゃって…すみません…(赤面)」
ええ。
その通り。
写真につけめんと味噌がダブルリーチになってるのも、そのせい。
最初に書いた“ある逡巡”って、そういうことなんですね。
普通、昼夜同じ店でラーメンって、どう考えてもバカですから(笑)。
今日、たまたま渋谷で一件ミーティングがあり、その帰り遅い昼飯をとったのが、この店だったのだ。渋谷警察の裏手で、246からも明治通りからも一本入った所にある「すずらん」という店。僕はそれまで全くノーチェックで、大きな期待はしない輸入レコードのジャケ買いぐらいの気分だったのだが、これが大当たり。自分ではネットや雑誌で話題になる店なんかは一応頭に入れているつもりだったんだけど、まあ二次情報だけじゃやっぱ、大事な事を見落とすんでしょうね。自分にフィットする物はなんでも足と勘で見つけだすものなのかなあと、改めて思ったり。
外の看板には一番の売りらしく「自家製地鶏卵麺」とあり、メニューもずらっとつけ麺のバリエーションが並んでいるので、まずはオーソドックスなつけ麺をもらったのだが、いや、もうこれがあなた、さっきも書いたけどすごい麺だったんですよ。
くわえて醤油のつけ汁のきりっとっした味がまたよろしい。通常この手のつけ麺というのは、元祖の池袋の某店に敬意を払ってか、酸味と辛みを勝たせた、いわゆる冷やし中華に近い味を押し出している物が主流である。
ところがここの汁は、塩気一本のカラッとした一本気の味なのである。醤油ベースではあるのだが、明らかに何か面白い塩を使っている感じ。後半でも麺の水気で薄まったりしない、びしっとした塩辛さが維持されて、ダレないのだ。
具がもやしと青菜とネギのミックスと言うのも、この汁の頑強さにはぴったりで、下手をすると厚めのチャーシューすら無くてもいいぐらいの完成度なのだ。何も特別な事なんか無いです。でもきっちりしてるの。折り目正しいと言うか、するべき事がちゃんと判ってて、余分なことは一切無し。その過不足の無さがシビれるんだな。イヤ、もう手放しで大絶賛ですが。
店を出たとたん、もう次何時来ようばかりが頭をぐるぐるしてしまって止まらなかった。
そして、山口君一派のライブも、奇しくも場所は渋谷。
予感はあったのだが、まさか一日二度同じ店ののれんをくぐるなどと言うフリーキーな事を、やるべきかやらずに置くべきか、齢ン十ともなるとすごく考えてしまう…イヤ、ちょっと嘘。「やらない方がいいかもしれないけど、やっちゃうだろうな…ぐらいの不安さで、でもやっちゃう方に580点」みたいな心境だった。まあ、一応当たり馬券だけど、倍率1.001ぐらいの鉄板馬券。
ふと見ると、小皿に煮卵が載って差し出されているではないか。
「どうぞ」
香川照之は、にやりと笑うとそれだけ言って、混み始めた店の仕事に戻って行く。やー、ハードボイルドですね。シブいです。おじさん、思わずカウンターの奥に頭を下げてしまいました。
卵もらったから言う訳じゃないけど、こういうピシッとした感じの人間が作る物がーー料理に限らずーー悪い訳が無い。いや、良くなかったらおかしい。クラフトマンシップつーんですかね。いや、ラーメンフリークとか、麺好き大魔王とか、ああいう風潮は別にして。
むしろそんな一過性のケレンじゃなくて、“ちゃんと”普通の物をきちんと作ろうと言う心意気は、やっぱり外面にも出るし、それがなきゃいい物って逆に作れないはず。それを感じられたのがうれしかったのかもしれない。
そう言う訳で、通いますよ、ハイ。
皆様も是非機会があったらどうぞ、確実に麺好きならハマります。
「中華そば すずらん」
東京都渋谷区渋谷3-7-5
久しぶりに山口洋の唄を聴いた。
彼はHeatwaveという硬派なロックバンドを率いる、シンガー/ギタリストなのだが、以前ベスト盤(LONG LONG WAY-1990-2001-)のライナーノートを書かせてもらって以来ずっと、ツアーや折々にライブがあるたびに声を掛けてもらっていたりするのである。
ウチのi-TuneにはHeatwaveの全曲を仕込んであるので、結構な頻度で彼の唄を聞くわけだが、生は去年の秋のバンドでのツアー以来。今の編成になってからは、Heatwave自体非常に順調なようで彼のソロを聞く機会もめっきり減ったが、数年前バンド活動を休止していた時期があって、彼はギター一本で地方を回っていた。僕も物好きに静岡のお寺でのライブとかを追っかけて行ったりしていたので、バンド以外での彼の唄の良さをよく知っている。
決して美声ではない。むしろ鼻声で、広がりで言えばむしろ籠る声。だがシャウターであるにも関わらず、声のコントロールが実に繊細で、ちゃんと言葉の意味がガツンと伝わってくる。一個一個の言葉のニュアンスを大事にした歌い方をするのだ。その辺、多分、楽譜にしようとしてもオタマジャクシに収まりきれないような微妙な表現なのではないかと思うが、そもそも楽譜なんかわかんない僕なので、うっかり言い出したもののその辺はむにゃむにゃむにゃとごまかしておく(笑。
ギタリストとしてはもう既に評価が定まっている彼だが、シンガーとしての魅力をちゃんと判っているイベンターが居たようだ。今日のライブは、山口をメインに小谷美紗子と古明地(フルミョウジと読むらしい)洋也という二人の若いシンガーを配して、アンプラグドのソロでひたすら「唄を聴かせる」というもの。だからタイトルが「唄聴」。
特に小谷美紗子はピアノ一本で腰の据わった歌を聴かせる本格派だと噂は聞いていたので、一回生で聞いてみたかったシンガー。デビュー当時、天才高校生としてかなり話題になって、たしかデビュー曲はラジオとかでかなり耳にした記憶があるのだが、実は一枚もCDは持っていない。
実際、ライブで初体験してみて、自分の不明を恥じる気になった。
「しっとりとした」というよりは「彩りのある」声。
その声が中心にあって、高低/太細のグラマラスな波の満ち引きにただ乗せられているだけで、ぐっと引き込まれる。童話的な柔らかい表現の端々に、おおっと思う大胆な言葉があって瞬間我に返るのだが、また濃密な声の波のウネリに引き込まれて、無抵抗に海中を浮遊しているような感覚に揺られる。
矢野顕子系列でもっと陰影の濃い感じのシンガーって言えばいいか…むしろピアノを弾くUA。いや、声はそんな低くないけど。バネッサ・カールトン? んー、もうちょい深い。
会場の売店に彼女のCDが無かったのが少し残念。
古明地氏の唄は、セットチェンジの間にちょっとのつもりで受けた電話が長引いて聞けなかった。これも残念。
そしてメインの山口だけは聞き逃せないので、強引に電話を片付けて会場に戻る。「今日のキーワードは、俺の気分もあって“情けない”でまとめてみました」といきなりカマして、曲は「Happiness」。
例のライナーでの軸に使った曲でもある。ストーリーのある曲を書かせたら、冴えてる時の泉谷しげるとデッドヒートを演じるであろう山口洋。その中でも、一二を争う名作だ。
都会暮らしの人間のすり切れた日常の疲労感や無力感を、あえてそれすらも生きる上での“Happiness”ではないかと包み込む、シニカルで深い情感に満ちた曲。昨今の自分に相当思い当たる部分もあり、山口の陰影の満ちたゆったりとした歌いっぷりもあって、すごく沁みた。
あえてアコースティックライブのお約束でもある“枯れ具合”を受け入れない、意地っ張り具合もこの人ならでは。ガットギター一本でもロックにしてしまう我の強さ、それでいて「スリーコードかき鳴らしの生き様俺様ロック大魔王」でもない、非常に上質な音楽性も兼ね備えている。ギターの響きのなんと色っぽい事よ。
なんでこういうシンガーをちゃんと王道として受け入れる地盤が無いかな、この国は。ディランがノーベル賞どうよ? ぐらい評価されてるなら、山口洋には野口英世賞ぐらいあげてほしい(あるのか? 国民栄誉賞とかじゃないしさ)。それぐらい評価されるべきシンガーだと思うんだけどな。
※ちなみに、このイベント『唄聴』は27日には大阪でもあるらしいので、チャンスのある人は「心斎橋CLUB QUATTRO」まで。(この際、大阪も行っちゃうか…でも前日のThe SUZUKIとの競演も捨て難いような…29は後楽園で修斗だし…ああっ(悶))
『LONG WAY FOR NOTHING』
Heatwaveの最新作。オープニングの「Still Burning」は、横四方固めで押さえ込んで、無理矢理特大カレースプーンで耳をかっぽじって、耳たぶに洗濯バサミでイヤホンを固定してでも、強制的に聞かせたい人間が数名が頭に浮かぶ名曲。ちょっと負けが込んだぐらいでしょぼくれてんなよ、ボケ!ぐらいの勢いで。
01/21 構想三年、完徹三日。あるいは、凝り性の悲劇と飽き性の自業自得 /
[log:備忘録]
ということで、秘密の突貫工事は、死体の穴堀り…ではなく、ばうれびのショップ構築でした。ご利用は計画的に…でなくて結構なんで、どんどん衝動買いしてください。
ホントはもう一年も前に完成しているべきだったこのショップが(しかも、スクリプトレンタル料だけ垂れ流しで)、なぜ今頃突貫工事ででっち上げられたかは、もうあまり語りたくない。片鱗はなんとなくタイトルで判っていただければ幸い。(でも、ホントは「僕忙しいんで、後は店長よろしく。どうせ暇でしょ」って逃げた人が約一名いるんですけどね…)
つーか、実際すげー手がかかるのね。
「ただの商品紹介じゃヤだ」「読むだけで面白い頓知が効いたコピーじゃなきゃヤだ」とか。自分で自分の首を絞めるようなコンセプトを立てちゃうから、結局煮詰まるんですが…ええ、ええ、その通りですね。
ちなみに、この修羅場期間に、某団体関係者に井原が書いたメールの引用
「本当は井田がお話すべきところなんでしょうが、現在完徹三日目でショップの突貫工事をやっていて、頭のユデダコ化が一層進んでますんでひとまず、僕からご返事ということで。詰めた話は追ってまた直接井田とお願いします」
お前、絶対いい死に方しねえからな…
人にはいろいろ口癖がある。
僕の場合、どうも「カレー食いたい」がそれに当たるらしい。
物事が錯綜してきて、どうにも打開点が見えそうにない時など、ぼろっと「あー、カレー食いたい」と呟くらしい。どういう思考回路で出ているのか、当人も無意識の事なので理解し難いのだが。案外、「煮詰まった→煮込み料理」ぐらいの単純な連想だったりするのかもしれないのだが(笑)。
ずっと頭の中で難題をこねくり回している最中のことなので、正直、そう呟いたことすら、憶えていなかったりする。ただ飯を食った直後でも平気で「あー、カレー食いたいっ!」とか言い出すものだから、周囲はぎょっとして「え? 蕎麦じゃ嫌だった?」とか聞き返して来たりする。
当人は「あー、畜生」とか「クソッタレー」ぐらいの意味をなさないフレーズのレベルで呟いているので、逆に「え? 何?蕎麦?食ったよ」とか意味の無い返事をしてしまう。まことに始末が悪い。
確かに、ヘッドワークが行き詰まったときなどは、料理などはいい気分転換になるわけで、カレー作りのように延々手のかかる、しかし結構煮込んでる最中などは手隙で、考え事に費やせる作業はそれにふさわしい。
作ってしまうと数日はそればかり食ってればいいので、結構修羅場飯としても有効だし。
というわけで(どういうわけかは秘密)、今日は2005年初カレー。今年は序盤からガタついているので、遅かったぐらいの登板かもしれない。
豚バラ一本とキノコを大量に投入した、欧風の濃厚なトマトソースでシチューに仕上げておいて、一回食べる。横では平行して香味野菜と炒めたスパイスのルーを作って一晩寝かす。昼飯後それを投入して、寸胴一杯のブタ角煮カレーのできあがり。生青唐辛子を投入しているので、入り口はマイルド、あとでドンと辛さが来るトラップ型。豚バラも一昼夜煮ているので、結構素敵にほぐれて旨い。自画自賛でアレだが、下手な専門店で食うより旨いと思う。
結構手間ひまは掛っているので、十分考え事もできた(笑)
さて、これをひたすら消費していきながら三日ほど突貫工事だ。
全日本キックの大月vs小林も見送り、反省蟄居に邁進して来たのだが、さすがに飽きてきたので、新年初仕事に出かけてみる。
今回は突発的に飛び込んで来た依頼で、チャーミングな女性の仕事場に伺って、ライフスタイルやその仕事に就いたきっかけなどについてのインタビューをするというもの。(もちろん自慢のハゲ頭には綺麗に磨きをかけ、ニットキャップ着用。それじゃ意味ないじゃん、というツッこみはしないように。男心は複雑なのだ。)
さらっとした記事になる予定だったので、ありきたりな質問をいくつかして、教科書通りのご返事をもらって終わる楽勝仕事かと思っていた。
ところが「見ると聞くとは大違い」(用法逆)。かのチャーミングな女性の口からは、マシンガンのように男前なご意見が続出し、気がつくと一時間近いロングインタビューに化けていた。めちゃくちゃ面白いし、意義深い内容。ただこっちの見込んでいた中身とは正反対の方向性なのが珠に傷。(紋切り型な皮算用で、勝手に中身を想定していたこっちが悪い、とも言うが)
終了後、同行した編集陣もこの展開には喜びつつも困惑した模様で、月島の隠れ家的居酒屋で、深夜の緊急作戦会議と相成る。
結局、今回の記事は今回の記事で皮算用どおり成立させるとして、このインタビューはもっと中身が生きる使い方をしたいね、と新企画にシフトする悪巧みに耽る。いや、ホントそれぐらい面白い内容だったのだ。
しかし、この稼業、何時こういうどんでん返しに出くわすかわかんないのが麻薬的なのだな。すっかり隠遁気分がふっとんでしまった。
昨年末All aboutに掲載した、矢作祐輔氏との対談記事「恒例・狂犬ブラザース年末格闘技大放談2004~格闘ブーム裏事情メッタ切り」には結構多くの反響がありました。業界内部/外部からいろいろな反応を頂き、ありがたい限りです。タブーとされる興行の内面や、選手マスコミに対するシビアな発言も含んだ内容でしたので、決していい反応ばかりでもないですが、今これを言っておかねばという使命感もあり、少し頑張ったつもりです。
大晦日の年越しイベント中継も高い視聴率で迎えられ、現在格闘技界はK-1、PRIDEの二大メジャーを中心に一種安定期に入ったようにもみえます。一方、その影で多くのひずみが生まれつつあるのも事実。いわゆる後楽園から下の収容数の会場で活動する団体は、インディ的な位置づけを余儀なくされ、人材や顧客を二大メジャーに吸い上げられて、興行的にも苦戦が続き、独自性をどんどん喪失している現状です。
ですが、本来格闘技の競技性を維持し、コアなファンの需要に答えて行けるのは、インディクラスの団体のはずであり、格闘技ブームがいたずらな大衆化で「芯」となる部分を失わないためにも、インディシーンの活性化が絶対必要である。そうした意図をこめて作成した記事でした。
ただ一カ所、その意気込みが強すぎて筆が滑った部分ありました。
和術慧舟会とK-1との交流に関する記述です。
僕は、複数の関係者から「2月9日に代々木体育館がK-1によって押さえられていて、興行を実際に行うのは慧舟会になりそうだ。選手にも出場打診が行われている」という情報を得ていました。そして、「Dynamite!!」出場の決まった秋山成勲、曙、そしてK-1ファイティングネットワークと銘打たれた「Ramble on The Rock」に出場したアマチュアレスラー・宮田和幸など、K-1の肝いりでプロ転向した選手の多くが慧舟会で総合の練習に励んでいる事実。加えて、12月の修斗代々木大会を対戦相手の怪我で欠場した宇野薫が「Dynamite!!」にシフトする形で試合を行った事。以上の材料を総合して、今後、K-1と慧舟会の交流が密接になるのではないか、という発言を行ったわけです。
僕個人、このところ判定などの面で競技性に揺らぎが見えるK-1には、その路線を修正してくれる外部的要因が必要だと思っていた矢先でした。また総合路線で選手を集めているにもかかわらずその受け皿となるイベント開催ができていないこともあって、そこに競技性に一家言ある慧舟会が助っ人として手を貸せば、K-1の持つ本来のメジャーパワーが十分発揮できる展開になるのではないか? そう考えて、正直ワクワクしていたのです。
ただ、ワクワクしすぎて、裏取りの詰めをしないまま、公に発言してしまった。これが真相です。
一ファンの妄想ならともかく、ジャーナリストの発言としては大失敗です。諸処の材料はともかく、最後の結論に至る論証や、裏取り取材を怠ったまま記事にしてしまったわけですから。
正月3日に、当事者である和術慧舟会・久保代表から事情説明を求める電話があり、以上のような事情を伝えました。当然、取材不足の問題と、記事のトーンに付いて不快感を表明されました。
ここでもう一つ僕は失敗をしている事に気づきました。
記事の中で、僕の発言はあたかも慧舟会がK-1の下部団体として取り込まれるようなニュアンスで語っていること、あるいは宇野選手の参戦をK-1との取引材料にしたように語っている事。これは、本来どこの団体とも対等に外交してきた、慧舟会の姿勢を根本から踏みにじるような物言いです。実際、僕は久保代表から直に「選手を上げてくれる団体とは、どことも公平に話すのがうちの姿勢。どこにもおもねらないし、どこの派閥にも属さない。それがウチのプライド」というお話を伺っており、非常に共感もしました。それだけにやってはいけないミスでもあったのです。
僕は、デモリションがスタートした当初、このイベントの革新性を絶賛した記事も書きましたし、3月からスタート予定のケージを使った新イベントDOGも全面的に応援するつもりだったので、慧舟会には非常に深い思い入れもあります。それもあって、表面的な構図が作る“バラ色の未来”に浮かれて、慧舟会本来のイズムや立場を無視したいい分を連ねてしまったのでした。
翌日、東京に戻った僕は、宇野選手と久保代表の元を訪ね、取材不足と舌足らずだった記事内容に関するお詫びをしました。そして数日をかけて慧舟会を貶める意図が無かった事をご理解いただいた結果、今後も変わりなくおつきあいいただける事になりました。またその後、K-1谷川プロデューサーとも電話でお話しし、お詫びと事実確認を行いました。
では、一連の話し合いで判明した事実をここにお知らせしておきます。
・ 2月9日代々木のイベントに関しては、当初K-1がMAX用に押さえたものだが、有明コロシアムのMAX日本代表トーナメントに企画が移行した。
・ 慧舟会はその会場使用権を譲渡するということでK-1から提案を受けたが、開催までに時間が少ないこともあり断った。
・ 秋山、曙の練習はたしかに引き受けているが、提携を意図したものではない。特に宮田の場合、RJWの矢野倍達と親交があり、二年前から既に出稽古に来ている。K-1を通しての依頼ではない。
・ 宇野の「Dynamite!!」出場は以上の話とはリンクしない、単体でのオファーだった。今後も宇野は修斗、UFCでの活動を希望しており、K-1専属になるといった契約は一切無い。
さて、今回の件で何より僕が恐れるのは、Boutreviewに対して慧舟会やK-1から不当なプレッシャーが掛けられたのではないかという疑惑が生じる事です。確かに久保代表は巷間でなにかと強面の印象で語られる事の多い人ですが、決してそうした噂で語られるような無頼漢ではありません。むしろ理の通るまで徹底的に話し合いを行う知的な人物です。古風なロマンチシズムを感じさせる生き方が、時に誤解を生むのかもしれませんが、僕から見て、これほど筋の通った考え方をする人も珍しいと思います。今回の抗議でも、一方的に僕を追い込む事はせず、徹底して言い分を聞いて頂きましたし、こちらも十分納得した上でお詫びをしたつもりです。メディアに対する不当干渉でもなければ、圧力でもない。これだけは断言しておきたいと思います。
谷川プロデューサーも「聞いてもらえば何でも答えますから」と取材者の立場を尊重してくださっており、非常にありがたく感じたました。普段からK-1に関しては、何かと舌鋒鋭く切り込まねばならない事が多く、今回の原稿でも多くの部分をK−1の体制批判に筆を割いています。それでも、決してその批判者である僕を煙たがったりせず、きちんと対応してくれた、谷川氏のリベラルな態度に関して尊敬の念を感じました。
いずれにせよ、ご迷惑をお掛けした慧舟会ならびにK-1の関係者、そして読者の皆様には、この場で再度陳謝の意を表明したいと思います。今後こうしたミスを二度と犯さないよう心に刻もうと思っています。
つーことで、頭を丸めて懺悔を表明させていただきますです。当分、こんな頭でしずかーに反省を噛み締めようかと思っておりますので、会場で見かけても「嘘つきタコ坊主!」とか言わないように(笑)。
※ちなみに編集部の某イ○ラ記者は、PRIDE原稿一週間遅れても、頭はそのままです(笑)抗議のある方はihara@boutreview.comまでどうぞ。
とか、「メリクリ」とか言うのはいい加減止めやがれ、と思う新橋体質の私ですが、BoAの新曲がそう来てたら、ちょっとヤられたと思うかもしれない(笑
ということで、改めて
全国の格闘ファンの皆様、新年あけましておめでとうございます。
大晦日のイベント、僕は「 Dynamite!!」担当。
K-1系は久しぶりの会場取材。結構関係者に驚かれたりしていましたが、発見が多かった事も事実。やっぱりもっと現場に顔を出さなきゃなと、思ったりしました。
リングの上の事に関してはレポートに譲るとして、やはりこのスケールのイベントを遺漏なく運営する手腕、底力には素直にリスペクトを。
レポーターとして、問題点を書く筆を緩める気は一切ないんですが、じゃK-1が無くなってしまえとか、潰れてしまえとか思って書いてる事じゃないんで。むしろ、“無くてはならないもの”と思うから筆圧を上げて書いてる、って意識ですね。そこだけは誤解無く>関係者の皆様。
実は前日もほぼ貫徹でオールアバウトの年末原稿を仕上げたりしてたんで、すごく体調はキツかったんですけどね。5万人がリングの上の光景に、一喜一憂するスケール感は、やはり得難いもの。特に魔裟斗とKIDの試合は、TVでは絶対に伝わらない、ファンの感情のウネリみたいなものを実感できて、アンテナがすごく鋭微になった気がしました。行ってよかった。
結構がんばって、会場とインタビュールームを行ったり来たりしたんですが、宇野君の口から「UFCと修斗へのこだわり」を聞けたのは収穫。年末の代々木出場が消えて、彼の気持ちがどこにあるか見定めきれない気がしていたんで、直にそれを聞けたのは特にココロに残りました。もちろんKIDと魔裟斗のストレートなコメントもね。
おかげで二連チャン徹夜のレポート書きをやっちゃって。年寄りの冷や水もいいとこですな(笑)。普段、ウチは速報媒体じゃないって居直ってるんですけど、やっぱり書きたい事があったときは感動が蒸発しないウチに書いちゃいたいんですね。ま、いつもじゃないんで、毎回期待されても死にますが(笑)
あ、それとさっき掲示板を見て、魔裟斗戦のレポートに異論という書き込みがあったので、ここで僕なりのご返事を。確か、「ジャブを振ってローに入るのは定石なんで、金的の原因じゃないでしょう」とのご指摘。
>スローモーションで見てみると、魔裟斗は問題の一撃を放つ瞬間の前に、
>瞬間猫だまし風に左の拳を上に薙(な)いでフェイントに使っている。
>細かく出入りするKIDの前進を牽制するための動きだろう。だが、その余
>分なワンモーションが、その次に来るローの精度を下げたのではないか。
>その無駄なモーションの分、標的は内股から股間にずれたのだ。
って一節ですね。
あのパンチが内軸で振られた「通常のジャブ」ならおっしゃる通りなんですけど、手の甲の方に振る外向きのアクションだったんで、あえて僕もジャブとは書いてないんですよね。
なんて言うのかな、実も蓋もない言い方をすれば「ハエを追い払う」動きっつーか、回転しない裏拳っつーか、漫才師の突っ込みの「なんでやね〜ん」の手というか(笑
当然、次に出すローと反対の回転のアクションになるんで、一連のコンビとして自然な動きにはならないだろうと。
なんで普通のジャブではなく、そういう動きになったか。
そこに心理の綾を見た気がするんですね。
魔裟斗は、出入りの早いKIDの右をすごく意識してたし、その動きを止めるためのフェイントでしょ。右がカウンターで来てもパーリングとして払える動きでもあるわけですよ。そっちに気持ちが行っているという所に、コンマ数秒の気持ちの“揺れ”みたいなものがあるのかなと。
まあ、正直に魔裟斗が手の内を明かしてくれる前提でじっくりビデオでも回して検証作業をやれるなら、“答え合わせ”も出来るんですが。
とりあえず、そんな感じで考えて書きました。
どうでしょう?
こういう議論は好きなんで、どんどん意見を聞かせてください。反論歓迎。どんどんお話ししましょう。もちろん褒めてもらうのも大好きです(笑)
あ、それとオールアバウトの年末放談、矢作@格闘ライター引退先生とまた好き放題危険な話してます。お年玉がわりに笑ってください。
http://allabout.co.jp/sports/k1/closeup/CU20041231A/index.htm