さて、話は昨日の続き。
リアルな唄を聞いての帰り道、どうにも腹が減ったのだが、唄の感動に見合うものでなければ食いたくない気分。頭に閃くものがあるのは確かなのだが、というかそれしか無いぐらいの確信に近い。いやなに、普通にラーメン屋に行こうというだけの話なのだが、ただ“とある逡巡”があって、判断がつかない。
(…非常識な話だよなあ、絶対変だよなあ、どうしよう…)
とかいいながら、結局足は直感の指し示す方向にぴったり向かってしまう。
店が閉まっていてくれれば、残念だったなあで済む所なのだが、しっかり営業時間は24時まで。だー、今時のラーメン屋なのになぜ早仕舞いをしない!…意味不明の八つ当たり気分を抱えつつ、えーい、ままよで店に飛び込む。
だが、のれんをくぐったとたん、若いちょっと香川照之似の店員さんと目が合ってしまう。何か言いたげな視線を振り払うように
「えーと、味噌ください」
店員さんはクールな流し目一発、何事もなかったようにうなずくと、キッチン奥へ。切れのいい動きで、さっさと野菜を炒めだす。
一方、カウンターの手前側では、寡黙なオヤジさんらしい人物が麺箱から麺を一個取り出して揉み始める。ああ、それ、それその麺…。もうその段階で興奮がわき上がってしまっていけない。もしかしたら麺が顔を出したとたん、中腰になっていたかもしれない。落ち着け、落ち着け。
手際よく中華鍋を振る香川照之。油の爆ぜる音がし始める。オヤジさんはその音でタイミングを測っているのか、粉を落として少し放置していた麺をおもむろに湯に投入する。しばし中華鍋の金属音だけが店内に響く。
よく威勢のいい系のラーメン屋にある“かけ声セッション”は一切なし。麺をタモの中で踊らせているオヤジさんを横目に、中華鍋を置いた香川照之は丼を取り上げると、まず愛おしむように丁寧に拭きあげる。そして金属ポットから味噌を掬い上げ、滑らかな動きで投入する。寡黙で、無駄の無い一連の動作。ジャズ的なインターセッションの感覚。インプロビゼーションを繰り広げる相棒のメロディを確認しながら、次の一音を探るフリージャズの緊張感。
タイミングが来たのか、オヤジさんがタモを上げ、軽く、しかし丁寧に湯を切る。最近、意地のように麺を振リ回して、それをパフォーマンスかなにかのように演じる店員が居たりするが、そう言うケレン味は皆無。あくまで、さりげなく、実務本意。でも神経は行き届いてる感じがする。
スープに麺が投入されると、最後の仕上げは香川照之が担当する。あれ? ソロイストが彼だと、オヤジさんはアート・ブレイキーか…訳の分からない事を考えながら、丼がこっちに来るまで、じっと凝視してしまう。
↓の写真を見てもらえば判る通り、非常にシンプルな味噌ラーメンで、機を衒ったところは一切ない。
でも、このフツーに見える麺がね…とにかく麺がすごいんですよ。
筆舌に尽くし難いと言うか、夢に見ちゃうぐらい印象深くて。
中太のがっしりした外見で、卵麺らしいシコシコ感があるのだが、そのゆで具合がもうすごい。結構この手の麺は茹で具合が甘かったりすると芯が余分に残ってしまって粉っぽかったり、あるいは茹ですぎてでろでろだったり、とにかくコントロールが難しい。ましてソースに守られていないまま、皿に裸で盛られているのだから、水気は飛ぶだろうし、麺の状態を一定に保つのは、多分至難の業。
なのに、だ。
つるんとしたのどごしと、芯の強さ、しなやかさが最後まで続くのだ。もうそれだけでご飯三杯という状態の、なんともセクシーな麺なのである。
またスープもストイック。ちょっと酒精が勝ったような辛口の味噌で、スープが出しゃばらない。唐辛子に、粗挽き胡椒でさらにスパイシーにしてあるのだが、ハーモニーではなく、ぴしっと中央の味噌を立ててその他の要素がそれに付き従うような構成。きりっとしててすごく好み。
なんか書いてても興奮を抑えきれない。
夢中で食ってる最中もそんな感じだったらしい。ふと一段落ついて顔を上げてみると、香川照之がにやっと笑って見下ろしてるではないか。
目が合ってしまった。
「えーと…やっぱ、憶えてます?」
「ええ、今日お昼もいらっしゃいましたよね」
「イヤ、あの、その…この麺で味噌食ったら旨いだろーなーと思ったら、頭を離れなくなっちゃって…すみません…(赤面)」
ええ。
その通り。
写真につけめんと味噌がダブルリーチになってるのも、そのせい。
最初に書いた“ある逡巡”って、そういうことなんですね。
普通、昼夜同じ店でラーメンって、どう考えてもバカですから(笑)。
今日、たまたま渋谷で一件ミーティングがあり、その帰り遅い昼飯をとったのが、この店だったのだ。渋谷警察の裏手で、246からも明治通りからも一本入った所にある「すずらん」という店。僕はそれまで全くノーチェックで、大きな期待はしない輸入レコードのジャケ買いぐらいの気分だったのだが、これが大当たり。自分ではネットや雑誌で話題になる店なんかは一応頭に入れているつもりだったんだけど、まあ二次情報だけじゃやっぱ、大事な事を見落とすんでしょうね。自分にフィットする物はなんでも足と勘で見つけだすものなのかなあと、改めて思ったり。
外の看板には一番の売りらしく「自家製地鶏卵麺」とあり、メニューもずらっとつけ麺のバリエーションが並んでいるので、まずはオーソドックスなつけ麺をもらったのだが、いや、もうこれがあなた、さっきも書いたけどすごい麺だったんですよ。
くわえて醤油のつけ汁のきりっとっした味がまたよろしい。通常この手のつけ麺というのは、元祖の池袋の某店に敬意を払ってか、酸味と辛みを勝たせた、いわゆる冷やし中華に近い味を押し出している物が主流である。
ところがここの汁は、塩気一本のカラッとした一本気の味なのである。醤油ベースではあるのだが、明らかに何か面白い塩を使っている感じ。後半でも麺の水気で薄まったりしない、びしっとした塩辛さが維持されて、ダレないのだ。
具がもやしと青菜とネギのミックスと言うのも、この汁の頑強さにはぴったりで、下手をすると厚めのチャーシューすら無くてもいいぐらいの完成度なのだ。何も特別な事なんか無いです。でもきっちりしてるの。折り目正しいと言うか、するべき事がちゃんと判ってて、余分なことは一切無し。その過不足の無さがシビれるんだな。イヤ、もう手放しで大絶賛ですが。
店を出たとたん、もう次何時来ようばかりが頭をぐるぐるしてしまって止まらなかった。
そして、山口君一派のライブも、奇しくも場所は渋谷。
予感はあったのだが、まさか一日二度同じ店ののれんをくぐるなどと言うフリーキーな事を、やるべきかやらずに置くべきか、齢ン十ともなるとすごく考えてしまう…イヤ、ちょっと嘘。「やらない方がいいかもしれないけど、やっちゃうだろうな…ぐらいの不安さで、でもやっちゃう方に580点」みたいな心境だった。まあ、一応当たり馬券だけど、倍率1.001ぐらいの鉄板馬券。
ふと見ると、小皿に煮卵が載って差し出されているではないか。
「どうぞ」
香川照之は、にやりと笑うとそれだけ言って、混み始めた店の仕事に戻って行く。やー、ハードボイルドですね。シブいです。おじさん、思わずカウンターの奥に頭を下げてしまいました。
卵もらったから言う訳じゃないけど、こういうピシッとした感じの人間が作る物がーー料理に限らずーー悪い訳が無い。いや、良くなかったらおかしい。クラフトマンシップつーんですかね。いや、ラーメンフリークとか、麺好き大魔王とか、ああいう風潮は別にして。
むしろそんな一過性のケレンじゃなくて、“ちゃんと”普通の物をきちんと作ろうと言う心意気は、やっぱり外面にも出るし、それがなきゃいい物って逆に作れないはず。それを感じられたのがうれしかったのかもしれない。
そう言う訳で、通いますよ、ハイ。
皆様も是非機会があったらどうぞ、確実に麺好きならハマります。
「中華そば すずらん」
東京都渋谷区渋谷3-7-5
久しぶりに山口洋の唄を聴いた。
彼はHeatwaveという硬派なロックバンドを率いる、シンガー/ギタリストなのだが、以前ベスト盤(LONG LONG WAY-1990-2001-)のライナーノートを書かせてもらって以来ずっと、ツアーや折々にライブがあるたびに声を掛けてもらっていたりするのである。
ウチのi-TuneにはHeatwaveの全曲を仕込んであるので、結構な頻度で彼の唄を聞くわけだが、生は去年の秋のバンドでのツアー以来。今の編成になってからは、Heatwave自体非常に順調なようで彼のソロを聞く機会もめっきり減ったが、数年前バンド活動を休止していた時期があって、彼はギター一本で地方を回っていた。僕も物好きに静岡のお寺でのライブとかを追っかけて行ったりしていたので、バンド以外での彼の唄の良さをよく知っている。
決して美声ではない。むしろ鼻声で、広がりで言えばむしろ籠る声。だがシャウターであるにも関わらず、声のコントロールが実に繊細で、ちゃんと言葉の意味がガツンと伝わってくる。一個一個の言葉のニュアンスを大事にした歌い方をするのだ。その辺、多分、楽譜にしようとしてもオタマジャクシに収まりきれないような微妙な表現なのではないかと思うが、そもそも楽譜なんかわかんない僕なので、うっかり言い出したもののその辺はむにゃむにゃむにゃとごまかしておく(笑。
ギタリストとしてはもう既に評価が定まっている彼だが、シンガーとしての魅力をちゃんと判っているイベンターが居たようだ。今日のライブは、山口をメインに小谷美紗子と古明地(フルミョウジと読むらしい)洋也という二人の若いシンガーを配して、アンプラグドのソロでひたすら「唄を聴かせる」というもの。だからタイトルが「唄聴」。
特に小谷美紗子はピアノ一本で腰の据わった歌を聴かせる本格派だと噂は聞いていたので、一回生で聞いてみたかったシンガー。デビュー当時、天才高校生としてかなり話題になって、たしかデビュー曲はラジオとかでかなり耳にした記憶があるのだが、実は一枚もCDは持っていない。
実際、ライブで初体験してみて、自分の不明を恥じる気になった。
「しっとりとした」というよりは「彩りのある」声。
その声が中心にあって、高低/太細のグラマラスな波の満ち引きにただ乗せられているだけで、ぐっと引き込まれる。童話的な柔らかい表現の端々に、おおっと思う大胆な言葉があって瞬間我に返るのだが、また濃密な声の波のウネリに引き込まれて、無抵抗に海中を浮遊しているような感覚に揺られる。
矢野顕子系列でもっと陰影の濃い感じのシンガーって言えばいいか…むしろピアノを弾くUA。いや、声はそんな低くないけど。バネッサ・カールトン? んー、もうちょい深い。
会場の売店に彼女のCDが無かったのが少し残念。
古明地氏の唄は、セットチェンジの間にちょっとのつもりで受けた電話が長引いて聞けなかった。これも残念。
そしてメインの山口だけは聞き逃せないので、強引に電話を片付けて会場に戻る。「今日のキーワードは、俺の気分もあって“情けない”でまとめてみました」といきなりカマして、曲は「Happiness」。
例のライナーでの軸に使った曲でもある。ストーリーのある曲を書かせたら、冴えてる時の泉谷しげるとデッドヒートを演じるであろう山口洋。その中でも、一二を争う名作だ。
都会暮らしの人間のすり切れた日常の疲労感や無力感を、あえてそれすらも生きる上での“Happiness”ではないかと包み込む、シニカルで深い情感に満ちた曲。昨今の自分に相当思い当たる部分もあり、山口の陰影の満ちたゆったりとした歌いっぷりもあって、すごく沁みた。
あえてアコースティックライブのお約束でもある“枯れ具合”を受け入れない、意地っ張り具合もこの人ならでは。ガットギター一本でもロックにしてしまう我の強さ、それでいて「スリーコードかき鳴らしの生き様俺様ロック大魔王」でもない、非常に上質な音楽性も兼ね備えている。ギターの響きのなんと色っぽい事よ。
なんでこういうシンガーをちゃんと王道として受け入れる地盤が無いかな、この国は。ディランがノーベル賞どうよ? ぐらい評価されてるなら、山口洋には野口英世賞ぐらいあげてほしい(あるのか? 国民栄誉賞とかじゃないしさ)。それぐらい評価されるべきシンガーだと思うんだけどな。
※ちなみに、このイベント『唄聴』は27日には大阪でもあるらしいので、チャンスのある人は「心斎橋CLUB QUATTRO」まで。(この際、大阪も行っちゃうか…でも前日のThe SUZUKIとの競演も捨て難いような…29は後楽園で修斗だし…ああっ(悶))
『LONG WAY FOR NOTHING』
Heatwaveの最新作。オープニングの「Still Burning」は、横四方固めで押さえ込んで、無理矢理特大カレースプーンで耳をかっぽじって、耳たぶに洗濯バサミでイヤホンを固定してでも、強制的に聞かせたい人間が数名が頭に浮かぶ名曲。ちょっと負けが込んだぐらいでしょぼくれてんなよ、ボケ!ぐらいの勢いで。