K-1GPを何年かぶりにTV観戦。
まだ大阪に用事が残っているので、ドーム取材は在京スタッフにお任せで、こっちはへらへらとお茶の間観戦。逆に言うと、用事を端折って帰ってるだけの訴求力が、この大会には感じられなかったという事でもある。
確かに選手はよく頑張った興行だけれども、やはり仕切りはどこか“外れたタガが戻っていないなあ”と感じる部分が多かった。
掲示板でも、セフォーとホーストが敗退した一回戦の判定の付け方(と決勝の延長)に多数不満があがっている模様なんで、ちょっとコメント。
井田個人は、そもそも“格闘技に判定なんか要らない派”なんですが。とりわけ今回の「0.5」とか微妙な数値で差をつけようとするK-1側の判定のシステム設定が、ジャッジの意識にも悪影響を与えているのではないのかという気がしております。掲示板では「意図的な判定操作じゃないか?」的な意見で溢れてますが、それより僕は考え方の不徹底が生んだひずみかなと。
もともとは勝負の“微妙な質感”を数値に出そうと言う発想が「0.5ポイント制」になったのだと思うけど、その「微妙」がどこかで「曖昧」にすり変わって、説得力を欠く結果になってるんじゃないですかね。
大体「ビミョー」という、物言い自体ろくでもないでしょ?
「ビミョー」なんて言葉が流行るのは、発言者が「言葉」に責任を取らないために、うすぼんやりとした輪郭のない表現にするためなんで。そうやって事の本質をズらしてしまってるから、訳の分からない結果を呼ぶんですよ。
そりゃ、どう見たって差の無い「ビミョー」なところに、「どうしても差をつけなさい」と言われれば、ジャッジも「叱られにくい」無難な方を支持してしまうじゃないですか。“依怙贔屓”というより、「叱られたくない」んですよ。ファンとか、興行主とか、関係者とか、試合にはいろんな圧力が渦巻いてるわけで。そんな中で「どっちでもない」はずなのに「どっちかにしろ」と言われちゃうと、人間萎縮するし、判断力もおかしくなっちゃう。
その中でそれぞれのジャッジだって「叱られたくない」対象を心の中に持ってますからね。その中で一番声が大きそうなものの顔色を、見ちゃうんじゃないですか? それが人間心理ってもんだし。あの「0.5」という付け方は、そうやってジャッジの自主性を奪っちゃう仕組みだと思います。すべてがそうだとは言い切らないけど、あの結果を見ると、そう思えてならない。
運営側もね、そんなに「ビミョー」なものを表現させたいなら、いっそ「0.1」とか僅差の“質感”をさらに精妙な数値で表現させればいいんですよ。それでさらに集計してみてドローなら、「延長一回で完全決着なんだ!」とかガンバらずに、諦めてもう1R延長すればよろしい。
本来「完全決着」を言うなら、どっちかがヘバるかノビるまでやるのが筋だし。どっちもがピンピンしてるのに、マストで勝ち負けなんかつけたって、絶対文句出ますからね。
まあ、今回のK-1の判定に不満なファンの言い分は、それでも解消するような性格のものではないかもしれないけど、まず僕が気にかかったのはその辺。
いっそ、手数を全部きちんと完全集計して、効き具合を五段階ぐらいの評価付けで集計する、「絶対ポイント制」にきりかえるとかもアリなんじゃないかなぁ。世界に誇る「日本野鳥の会」の有志に協力してもらうとかして。
それも「ビミョー」すか? …まあね(笑)
大会後、隠遁大魔王のY先生と深夜ホットラインでお話してみる。
歯にエナメル質すら着せない直球の嵐にたじろぎつつも、こっそりテープ収録だけは欠かさなかった。
ちなみにY先生最大のお腹立ちは「レミボンの転落をぼーっと見てやがったリングサイドジャッジの○抜け」だそうです(笑)
乞うご期待。
といっても、もう若いファンは知らないんだろうな。
赤井英和の映画初主演作にして、阪本順次監督のデビュー作。
妙にリアルな大阪の空気感と、あざとい笑いのツボがびしっとハマった名作ボクシング映画。赤井自身の自伝をもとに、阪本順次特有のアウトロー哲学でさらにブーストされた「浪速のごんたくれ」像が描かれている。他人を殴る事以外に人生の切り開き方がわからなかった獣のような男の、“ひたむきな道の誤り方”が胸に沁みた作品だった。
今、DVDになってるのかな? できれば場末の映画館で一人っきりで見てほしい映画だけど。
なんでいきなり映画の話かと言えば、大阪の龍生塾が打っていた一連のシュートボクシングの興行のシリーズタイトルが、「どついたるねん」だったから、というだけの事。
SBは、この日の府立第二の興行が年内最終興行。
「今年は史上最悪の年だった」という緒形健一は、直前の対戦者変更に加えて、試合中に臑を相手の膝にモロぶち込んでしまうアクシデント発生で、内容はボロボロ。最後の最後までお気の毒な展開だった。
それでも逆境に耐えて、“微笑みの貴公子”で居てしまう緒形。
ひたむきはひたむきなんだけどけっして“道を誤らない”彼と、映画での赤井の狂犬ぶりを比べてみると、“人間としては”緒方の方が何百倍も強いし正しいんだけど、“格闘技選手としては”後者の方が華があるんだよなー、とか思ってしまったりする。
まったく、因果な商売でありますなあ。
浪速フリーファイトなメンツで飲む。
昼間衝動買いしたフィギュアを並べて買い物自慢をしだす奴が居たかと思うと、一見なんの苦労もなさそうに見えた爽やか青年が、実は脳内麻薬が24時間態勢で吹き出している狂人ボスと、かれこれ十年間も壮絶な闘争を繰り広げてきたのだと告白しだしたり。
僕は転げ回って笑っていたが、せっかくセッティングした綺麗所は、あまりの“濃い”内容に、言葉もなくソーキそばを啜り、ただ愛想笑いを受かべるばかりであった。