Home > BoutReview Blog:井田英登「時に放浪、日々朦朧」
11/16
(前半部分は10/11深夜記)
この一週間というもの、「After PRIDE」の陣取り合戦に興じる業界人の暗躍が激しく、昨日も気がついて見ると半日以上に渡る時間を情報収集の電話に費やすハメになった。
正直、知っていても書けない事ばかりなのには、辟易とする。
ただ、業界地図で言えば、番外地もいいところを歩いているだけの僕のような存在でさえ、その渡世に地図は不可欠なのだ。知らずに薮に足を踏み入れて、敷設された地雷を踏むハメになるのはまっぴらだし、呑気な蛮勇が命取りになる事も多い。
幸い十年この場所に居るおかげで、情報網はそれなりに発達した。
情報で身を守り、情報から身を躱し、情報の中を泳ぎながら、書くと言う己の本分とは縁遠い部分でそれらを消費して日々が過ぎて行く。
一通り警戒電話の嵐が通り過ぎたなと思えたのは、夜の九時を回ってからの事。
ふっと気がつくと、今日は10月11日ではないか。
そう、十年前のこの時間、僕は東京ドームのダックアウト辺りの特設カメラスペースで、なす術無くヒクソンの腕十字の餌食にされ、足をばたつかせる高田延彦の姿を呆然と見ていたはずだ。
あの時、僕は高田の姿よりも、それを見つめる記者たちの反応に驚いていた。
修斗シンパで有名だった記者は「思い知ったか!」と叫び拳を振り上げている。一方、Uの応援者として知られる記者は、文字通り口をぽかんと空けてリングの彼方を虚ろな目でみている。見事なコントラストであったし、各人の反応はマンガみたいにステロタイプだったのが滑稽だったが、本当の話だ。
僕はと言えば、そんな記者たちの悲喜こもごもの姿を観察しながら、どちらのサイドにも感情移入できない自分の微妙な立ち位置と心理を、少し面白く感じていたものだ。
確かに高田の敗北で時代は明らかに変わるだろう。U系プロレス一色だった格闘技界には原爆が落ちたようなショックが走るに違いない。僕自身、格闘技にハマり始めたころには既にUWFは無かったし、リングスの面白さで格闘技に興味をもったものの、修斗、UFC、U-JAPANと続いたリアルファイトの洗礼を浴びて、早々とU幻想を払拭した側に居たので、ヒクソンの勝利に快哉を叫ぶ記者の気持ちもなんとなく判らないではなかった。
だが、少なくとも東京ドームに集まったファンの大半は、まだUWFを応援するプロレスファンだったはずだ。高田があまりにあっけなくヒクソンに敗れた事で、彼らがこの現実をどう受け止めるか、僕にはまるで予想がつかなかった。
この衝撃がどう広がって、業界の地図がどう変わって行くのか、正直業界に足を踏み入れてまだ一年経っていない当時の僕に判る訳も無い。PRIDEはあくまで突発性のお祭りにしか思えなかったし、この先継続性のあるイベントにはとても思えなかった。
そういえば、KRS(PRIDE当初の運営委員会)の発足会見で「あんたら何ものだ?」なんて強烈な質問をした記者も居たなあ。でもそんな言葉が、当時は少しもおかしく感じられなかったのだ。
メインカードへの興味は確かにあったが、そのアンダーカードはお粗末そのもの。イベント全体の魅力には明らかに乏しかった。訳の判らないタレント絡みのショーもあれば、パンフなんかも、明らかに格闘技文脈とは違うはしゃぎ過ぎの気持ち悪いトーンに満たされていた。正直言って当時の運営者たちは、まるでこれまでの格闘技イベントの文脈を理解していなかったし、違和感だけが募る“変なイベント”にしか思えなかった。(爆笑物のの藤谷美和子&KAKUTOU BANDのライブやプリンセステンコーのイリュージョン(!)なんてイロモノも平気で挟まっていたのだ。)
こんな芸能色丸出しの場違いなイベントは、すぐ迷走してなくなってしまうだろう。少なくとも年一回のお祭りとして数回続けばいい所じゃないかーーそれが当時の僕の偽らざる気持ちだったし、扱いに困ってしまって、実は当時のばうれびでは、このイベントに関してロクに記事らしい記事も書かなかったのである(笑)。
それがまさか格闘技界のデファクトスタンダードになり、この十年間の格闘技界をずっとリードするような存在になろうとは。
あの焼け野原に思えた風景に、一粒の種が落ち、「ざまあみろ!」と叫んだ記者たちは、そのざまを見た人が真ん中に立つリングに寄食するようになった。彼らが軽蔑していたはずの「格闘技をまるで理解しない部外者」の作ったその場所に。
そして、その日誰よりも恥ずかしい姿をさらして、プロレスの弱さを体現した男が、いつの間にかその舞台の象徴となってファンを煽ると言う不思議な構図も、いつしか通常のものとなっていった。
あれから十年。
余分な事を山ほどやり、その度に大火傷を負いながらも命からがら逃げおおせ(スキンヘッドになったりね(笑))、多少の騒動が起きてもおっかなびっくりながら地図の一つも書けるようになった自分が居る。
ただその頃の自分と、今の自分と、どちらが純粋な気持ちでリングの上を見つめられているだろうか。純粋である事自体には、なんの値打ちも感じないが、ただ遠くに来てしまったなあという感慨だけは否めない。(変に純粋というか、無邪気極まりないアメリカンは、火傷なんか知った事かと、こういう事平気で書くしさあ(笑)http://www.fightopinion.com/2007/10/11/a-new-japanese-mma-organization-is-coming-next-week/
)
ただ一つ変わらない物があるとしたら、十年で多くの風景が変わったなあと周囲を見ている今の僕の視線は、結局あの日の東京ドームで多くの悲喜こもごもをどちらのサイドにも立たずに見守ったあの時と同じ温度だということだ。
僕と言う視点は結局、同時代の出来事に当事者として一喜一憂するより、未来に語り継ぐべき歴史のいちシーンとして見たいのだと思う。
ならば、十年という年月も須臾でしかない。
また、それでいいのだと思う。
ーーーーーーー
という記事を書いて、なんとなくまとまりのなさにドラフト(書きかけ)のまま、公開せずに放置して一ヶ月あまり。
ここにきて、またぞろ大晦日に向けての動きが、加速してきた。
年末の興行を発表するにはあまりに遅すぎるタイミングだが、それでもDynamite!!とは別に首都圏で事を強行するかもしれない…というグループがあるようだ。もちろんWVRではない。噂ではPRIDEの流れを汲むグループが、ロシアM-1と組むことに成功しそうだとか、でも肝心のM-1のプレジデントは、ちょっと無理かもと弱気になってるとか、とにかくそんな噂が飛び交っているということは、動いている人間が居る事だけは確か。
いくつかの断片情報が事実なら、確かにインパクトはでかい。
だが、春のPRIDE凍結以降もうかなりの時間が過ぎた。あのショッキングだったPFWWの「PRIDE消滅」劇さえも、気がつけば早くも一ヶ月前の話。既にHero'sやUFCに流れてしまった日本人選手も多いし、動きが表面化していない選手も水面下ではある程度身の持って行きどころを固めてしまっていたりする。したがって、「PRIDE復活だよ、全員参加!」というわけにはいかないだろう。…一瞬、詳細をもう少し書こうかと迷ったが、噂のバトンを次に回すだけで終わるのはやっぱバカらしいので、書かずに置くことにする。いずれ判るか、そのうち雲散してしまう“だけ”話なら書かないのがマシだ。一番槍争いには興味が無い。
とにかく「めでたしめでたし」で結ぶのは難しそうな雲行きなのは事実。面倒くさい人も沢山暗躍してるし、綱引きもあっちこっちで極地戦の様相。正直、噂ばかりが先行して、“本当の所”はやっぱり記者会見がきっちり開かれるまでわからない。実際、昨日会見という予定もあったのにやっぱり流れちゃったりしてるし(笑)、そもそも立派な会見で堂々と発表された事が実現しなかったりするのが、この業界の常ではあることだし。基本的には一寸先は闇。下手すると“2003年の悪夢”再来で、大晦日はゴングが鳴る寸前まで色々ゴタゴタするかもしれない。数字は出るかもしれないし、一夜城の立つ瞬間もあるかも。ただ、いろんな意味で、今年の大晦日のキーワードは「Bom-ba-ye strikes back,again !」になると思う。
いずれにせよ、結局また戦争になるんだね。あーあ…
10/05
以下に掲載する原稿は、All Aboutの方で進行していた連載
『ニッカン「PRIDE消滅」記事の波紋』の最終章に、今日付け加えたばかりのもの。PRIDE FC World Wide の事務所閉鎖の日、2007年10月4日当日深夜に書いた僕の極々個人的な感想である。
タイミング良く、あの連載を始めたばかりだったので、非常にタイムリーな形でこの事件に向かい合う事になった。ーーまず本編を読んでいただく前に、原稿成立のドキュメントというか、前後の事情をお話ししておこう。
たまたま、昨日は、かなり早い段階で事務所ロックアウトの情報が耳に入り、大慌てで検証に走りまわることになった。(といっても、またぞろ腰を痛めて寝込んでいたので、裏取りの電話を掛けまわっただけだったが)。一番肝心の(元)社員とは、普段の言動、行状が祟ってかうまく連絡がつかず(もしかしたら僕の聞いていた携帯の番号が“営業用”だったために、ロックアウトとともに事務所に置き去りにされているだけなのかもしれないが)、結局傍証しか集まらなかったが、ある程度確認がとれたので、既に書き上げてあった全編掲載のゴーサインを出したのが三時半か四時ぐらい。
ただ、三回に分けて一週間おきぐらいの掲載を考えていたので、9.28に掲載した最初に部分以外はまだ仕上げが甘い。かなり重畳や誤字、論旨の混乱もあり、ざっとアップしてしまった原稿を追いかけでどんどん直して行かねばならない。その間に関係者の電話攻勢もあり、病気療養中の身としては異常に忙しい一日となってしまった。
ようやく原稿の修正や、情報交換が終わったのが、日付も変わった午前一時前後のこと。“日本一書かない男”の仕事量としては、オーバーワークもいい所だったが、それでも、ふっとピークの精神状態のスイッチが切れてみて、逆に身に迫ってきた感慨があり、それが以下のような感想文になった。正直、蛇足の感もあるし、個人的感慨にすぎない気もするので、AAJの方では隠しページ的にそっと全編のあとに差し込む事にした。
ただ、PRIDEが無くなった後の格闘技の世界に、そして、まだ少しでも興味を持ってくださるファンにむけて、同じ志を持つ仲間としてメッセージが必要だと思った。そして僕自身のためにも、PRIDEと並走した十年の一区切りとして書かずにはいられなかった一文でもある。
AAJだけではなく半年に一回しか書かないようなこの個人blogの埃を払って、同じ文章を掲載しようと思ったのは、今、この事態を受け止めかねているファンが多いだろうと思ったからだ。AAJの僕の原稿は毎回長く、うるさい。敬遠する人も多かろう。露出機会を増やしておけば、そんなファンもどこかで間違って読んでくれると言う事もあるかもしれない。そんなおせっかいな思いからだった。まあ、これまでPRIDEに対して散々アンチ的な批判文ばかりを量産してきた僕から、慰めを言われても不愉快になるばかりかもしれないが。
しかし、この十年間、格闘技に関わる書き手として、僕の頭にあったのは、PRIDEというブランドの価値云々より、総合格闘技自体の、スポーツとしての確立が大事だ、という思いだった。運営している人も選手も、トップの一部を除けば決して嫌いではなかったし、リングの上の戦いに気持ちが震えた事はそれこそ数えきれない程ある。でも、あえて自分の抱えているテーマから考えると、批判せねばならない事、指摘せねばならない課題が多かった。PRIDEという巨大な組織、巨大な存在であれば当然の事とは思うが。
また周囲の書き手のほとんどが、当時大本営発表以外書こうとしていなかった状況も、僕のポジショニングに大いに影響したと思う。
だから、愛憎相半ばするなかで、あえて憎の言葉を増幅して書かざるを得なかったのだ。
いい訳する気はないが、それが逆説的に愛として結実してくれればと言う思いが有ったのは事実だ。
いずれにせよ、一つの祭りが終わったのは事実である。
それを踏まえて、僕らはさらに次の十年を考えねばならない。
そういう思いを書いたつもりである。良ければ読んでみてください。
“いずれは”という予感こそあったものの、あまりのアップテンポ事態の展開に、僕自身驚き未だに戸惑いが隠せない。そのことは、ファンの皆さんも同じだろうと思う。
ただ、僕自身は、PRIDEの運営が順風満帆そのものだった時代からその在り方に疑問符を感じて、何度も異議申し立ての記事を執筆してきた。したがって、“消滅”という事態自体には、あまり驚きは無い。このタイミングで、この手際で事が進んだ事だけが驚きであった。ーーこの状態は絶対どこかでパンクするし、いつかは終わる。そういう認識は、実のところ昨年の週刊現代の事件が勃発する遥か以前から持っていたし、Boutreviewのスタッフたちに“その後の冬の時代のために、シェルターを作るつもりで居てくれ”という方針を伝えていたほどである。(そういえば
こんな挑発的な文章を書いた事もあったっけ…)
そもそもPRIDEの成立は、「他団体の育てたトップ選手を引き抜いてぶつけ合う」という“焼き畑農業的”手法で始まったものである。彼らが売り物にした“夢の越境対決”というのは、逆に言えば、UFCや修斗、リングス、パンクラスなどの団体が“垣根を作って”その中で大事に育んで来たそれぞれの選手、秩序、哲学といった価値観をも根こそぎ押し倒す行為でもある。
“オールスター戦”といえば聞こえは良いが、結局、中小のイベントが無名時代に発掘し、チャンスを与え、育ててきた“団体の宝”を横から収奪し、金で選手の思想や哲学自体も丸ごと買い上げる、乱暴な手法によってしか成立しないからだ。正当な招集方法とシステムで運営されている、サッカーの日本代表ですら、Jリーグの人気を横取りしてしまい、個々のチームの収益構造をがたがたにしてしまっているのである。まして、一方的な収奪でしかない格闘技界でのそれは、PRIDEの開始以前に多くの団体が作り上げてきた、“住み分け”や“共存”の生態系をボロボロにするだけのことである。事実、RINGSのように選手を吸い上げられて潰れる団体もあったし、そこまで行かないにしても、収益を悪化させ経営が傾く団体も多く、業界には悪影響が沢山生じている。
そのギャング的手法の無茶苦茶さに僕らはもっと神経質になるべきであったのではないかと、今PRIDEの十年間を思い返すにつけ、苦い思いが胸を満たす。
確かにファンにとって、それぞれの団体のエース級選手がぶつかり合う「天下一武道会」形式のオールスター戦は、夢以外のなにものでもなかった。しかし、異種混交は“禁断の果実”である。純化方向で研ぎすまされて行ったはずの価値観、それぞれの団体が守ってきたもの、作り上げようとした歴史は、エース選手一人の敗北で、ことごとく否定されてしまう。
『不自由な団体の垣根など押し倒してしまえ』
それは確かに時代の声でもあった。総合格闘技というスポーツ自体、これまで立ち技と寝技に分かれて成立してきた“純競技”のルールの壁を取り払った所に生じた、新しい風景だったのだから。
だが、多くの文化混交は、熱狂の果てに焼け野原を現出させる。戦争も、そして文明の流入も、“古き良き時代”を押しつぶし、かき混ぜ、破壊し尽くしてしまう。
PRIDEというのは結局、固定化した格闘技ジャンルの壁をぶっこわし、既成概念をひっくり返す“混沌の使徒”だったのではないか、と思う。そして
その終焉が、まるで嵐が去った後のようにあっけなかったのも、PRIDE自身実体を持たない、ある種の“状態”でしかなかったからかなと、今にして気がついた。
確かに、“夢の舞台”は多くの奇跡のような名勝負を産み、熱狂を残して行ってくれた。ただ、僕らは24時間365日カーニバルの中に暮らす事はできないのだ。
祭りは終わった。
破壊と収奪の時期もまた終わりを告げたと考えるべきではないか。
格闘技を愛するファンたち、そして関係者の皆様に、今こそ言いたい事がある。
もう一度あの狂乱に戻る事は止めませんかと。
確かにプロ格闘技のイベントは祝祭である。血を燃やし、あり得ない光景の現出に興奮する行為だ。熱狂し陶酔すればいいじゃないか、なぜ踊らずに先の事ばかり考えて憂鬱な顔をしているのだ? ーーこの十年僕はPRIDEと向かい合うたびに、そう問いかけられ続けてきた気がする。
だが、その蕩尽行為は長い長い生産の末にあってこそ、エネルギーとなるものでもあるのだ。秋の収穫祭が、四季の中地道に続けられた農作業の後のご褒美であるように。
確かに、僕らは熱狂の日々を過ごした。
その司祭を勤めたPRIDEという場自体には、素直に感謝の言葉を捧げよう。
しかし、これから来るのは冬の時代である。
厳冬と戦い、新たな播種の季節を迎えるために、僕らはこれから足元を見つめ、生産のサイクルに戻って行くべきなのではないかと思うのである。
先月、All Aboutでは格闘技通信の新編集長
朝岡氏のインタビューをお届けした。彼の打ち出したリニューアル方針は、華やかなニュース主義を捨てて、技術を理解し、地道に格闘技を好きになってくれる読者を育てて行きたいというものだった。彼の打ち出した「地味な原点への揺り返し」こそ、“After PRIDE”の正しい着地点の一つではないかと思うのだ。
そんなことを言っていても、多くのプロモーターは、PRIDE消滅を受けて、“夢よ、もう一度”と空白になった市場制圧を目論むだろう。
だが、そんなに世の中もファンも甘くはないと僕は思っている。
PRIDEは不自然な資金力で、強引に作り上げたイリュージョンに過ぎない。あのゴージャスすぎるラインナップは、興奮も生んだが、また同時に満腹の膨満感をファンに植え付けたのも事実だ。もうあれ以下のラインナップで、観客がリングサイド席十万円という狂った価格のチケットを買う事は無いだろう。
地上波放送の門戸も極端に狭くなった。
格闘技的には全盛期のPRIDEに匹敵する程の面白さ、いや下手すれば凌駕してもおかしくないと思えた先日
10月3日のK-1 MAX決勝戦ですら、11%前後の視聴率しか稼げなかったと聞く。
もう確実に時代は冷えてきているのだ。
それでも格闘技を愛し、このスポーツを愛する事が出来る人だけがこのフィールドに残れば良い。もうバブルは当分結構。
みなそれぞれのフィールドに戻って、冬の準備をしよう。
足下を見つめ、もう一度自分たちの原点にもどって、作り出す行為に戻ろう。
団体の垣根を立て直し、その内側で着実に育つ若い芽を育むべき時が来たのだ。それでいいと思う。そうでなければならないとも思う。
さらばPRIDE、さらば格闘技バブル。
そして、ようこそ冬の時代。
それでも僕はこのフィールド、このスポーツをまだ愛している。
03/09
なんだかんだでこのblogも半年休んでしまった。
仕事でバタバタしている間に、日記が滞るというのは、社会人にはありがちな話。
ただ、書く事を生業の中心に置いている人間のそれは、いかがなものか。
昨今blog関係は、読者の抗議ですぐ“炎上”騒ぎになったりして、業界の方々のそれも開いたり閉じたりで大忙しらしい。ただ、こちとら閉鎖したりお詫びしたりしなきゃいけないような事すら書いていない。半年間、ひたすら自主的な惰眠をむさぼらせていただいた。
無論、半年近く生きていて、大のオトナに“書く事”がなかったと言えばウソになる。
むしろ“書きたい事”は山ほどあったのだ。
格闘技界の話もあれば、それ以外でも山ほどネタはあった。
ただ“書く必然性”があったかと言われれば、また角度の違う話になる。
“書く”事で生じるさまざまな事情を鑑みて、今は書かずに置こう、事態の進捗をただ沈黙して見守ろうという場合も多かった。特に自分が当事者として関わる事柄に関しては、特にその取捨選択が問われる。
結果として、この半年“書く”という行為のプライオリティを下げる結果になった。
半分現場取材を降りたような隠居同様の格闘ライターのblogを楽しみにするような、カルトな趣味の方もあまり居ないとは思うが、もし数名でもいらっしゃったら、伏してお詫びをしておきたい。
この間に、
「秋山事件」のような大きな事件もあり、僕も何を書くべきか、あるいは書かずにいるべきかは、いつも以上に考えることになった。考えた帰着は、今
All aboutに悩みながら書いている文章として形になりつつある。まだヌルい部分も多いかもしれないが、その中に僕の迷いや苦痛を嗅ぎ取ってもらっていい。とりあえず今回は一本真っすぐな線を引く事に専念して、それ以外は瑣末事でいいと考えている。
正月からこっちというのは、各媒体の動きをいつも以上に見渡した期間でもあった。
うっかりいつもの調子でおっちょこちょいな事書いているなという人もいれば、思わぬ勇気を見せた媒体もあったと思う。こっちはその勇気の背景にどんな思惑があるのか、どんな人間関係があるのかまでも含めて、裏読みの裏読みーーいろんな可能性に脳細胞と五感のアンテナを酷使した。
一種のアームチェアディティクティブ(安楽椅子探偵)のようなもので、実際に出歩く事は少なかったが、その分いろんな人々との情報交換に努めたので、電話代や通信関係に使った時間は厖大なものになった(実際の“議題”は、実は秋山問題だけではなかったのだが)。そうやって推理力を酷使した結果や、いろんな人と話した内容は、書いたものには直接現れては居ないとは思うが、僕の論点を決めて行くための試行錯誤にはなった。今思い返しても、今年に入ってからの二ヶ月弱は、本当に時間とエネルギーをつかったと思う。きっと他の業界人も結構同じような行動をとっていたのではないだろうか。
いずれにせよ、いろんな意味であの事件は、これから格闘技イベント/ビジネスとどう関わるつもりか、また書き手の芯として何を守るつもりかを、全ての書き手/語り手が問われた事件だったと思う。
この結果が半年後、一年後に、また違う地図を描き出す事だろう。
変な例を挙げることになるかもしれないが、ちょうど今から一年前、僕は
ある格闘技媒体の消滅の事情についてごくごく遠回しな記事を書いた。その結果が、ようやく最近形になったようだ。その会社を乗っ取った暴力団関係者が逮捕され、その出版社の主要雑誌が休刊という流れになったのである。
この事態に至るまでの一年間、いろんな人がそれぞれの思惑で動き、ある部分ではあだ花が咲き、その下で根を伸ばす人も出た。週刊誌や通信社も関わる社会的な事件になったこともあり、いろんな問い合わせも貰ったが、僕自身は、最初の記事以上の事は何も書かなかったし、語らなかった。書いた当初から今の着地点は大体想像がついていたし、それを想定しての記事だったので、僕の守備位置から語る事はもう一切ない。リテラシーのある読者ならあれで十分であろうし、それを読みだせない読者にはあの記事自体退屈なだけだったろう。あえて社会部のエリアで事件の先ゆきを云々するような仕事は、今の僕の任ではない。だから、ただ静かに推移を見守る道を選んだのだった。
事ほどさように、またこの事件から産まれた何かが形になるには、いろいろなエネルギーが水面下でぶつかり合い、着地点を探す事になるにちがいない。もう既にいろんな思惑を持った人たちが、それぞれの着地点を描いて動いているとの噂が聞こえて来てはいるが。何が本当かウソかも、正直判断がつかない。ただ聞こえて来る中身の大半は、個人的にはあまり感心しない動きだなあと思う。
無論、感心する事だけで世の中は出来てはいないので、おやりになるならご勝手に。
着地点がはっきりしたときには何か書くかもしれないが、当面は調べる気にもなれない。
井原も海賊版の方で、今年がBoutreviewの十周年であると書いていたが、この十年間“書く行為”で試みて来た変革への働きかけや現状報告を、最近の僕は別の形でアクションする事が多い。
主にブッキングジャンルでの動きが多いのだが、こちらの仕事では逆に『沈黙は金』となる業が多い。大半の仕事は形になるまで水面下で進められるし、後に発表されることになっても、縁の下の人間は経緯も仕組みも何も語らないのが常。スポットライトを浴びるのはあくまで選手であるべきだと、書き手専業だった頃から主張して来たし、その想いは今も変わらない。
だから余計に書く事が減って行く。
インプットは豊富すぎるほどあるのだが、そのアウトプットにはいちいち慎重にならざるを得ない。結果として、今僕は『業界で最も書かない男』になりつつあるのかもしれない。
でもそれもよかろうと思うのだ。
今僕が現実のブッキング業務やコンサルティングの中で実現しようとしている方向性は、書き手として提言して来た理想の延長線上にあるし、そのベクトルは一つだ。
格闘スポーツが(“特定のイベント”が、ではない)いつか野球やサッカーと並ぶスポーツとしての普及し、コンペティティブで意義深い競技としての地位を築く事。
僕のトッププライオリティはその一点に尽きる。
他の事は、ホントにどうでもいい。
金も名誉もその現実が築かれれば自然とついて来るべきものであって、目標にはなり得ない。
そして、“書く事”でも、“書かない事”でも、その志を曲げた事は一度もない。
僕が書き手を兼任することで自分たちの何かが晒されるのではないかと無用な不安を感じている方も業界には少なくないようだが、「自分に靡く(なびく)人間一色でないと不安なんてなやり口では、いつまでもこの畑は日本中に広まりまへんで」とあえて大阪弁で申し上げておく。
「理」と「義」を備えた人のやる事を邪魔するほど、こちらもバカではないし、仮に品位が低いなと感じる事が多少あっても、イチイチそれを金切り声で指摘する程暇でもない。もっと大きな「義」を軸にこっちは動いているつもり。だから多少のいたずらが聞こえて来ても、いちいちそれを文字にして触れ回る気もない。時間も労力も、そんなつまらない事に費やす気がない。
この場所で起きている事を、最後まで見届けることが、歴史を語るものの仕事だからだ。
瑣末事は心にしまう。歴史になってから語る事はあるかもしれない。だが今は見届け、腑に落ちればいい。文字に残す事には執着しない。一番乗りの栄誉もノーサンキューだし、正義の味方気取りで人気者になりたいとも思っていない。
とりあえず、僕がきまぐれにこんな文章書いてるの読んで、何かバレてるのかなと思って、変な探りを入れて来たりしても答えませんよ。仲間にしてやるから、アレを外せとか、これは俺に寄越せとか、いちいち姑息なアプローチも止めてね。そういうヤクザまがいの要求を聞く耳ねーですから。僕も、そして僕の仲間たちも、仕事は真っ当にやるもんと心得てますんで。
だから、みなさま、ご自分の進むべき道を真っすぐお進みください。
光の当たってる一本道を真っすぐにね。
その道が明らかに曲がっており、ファンや選手がその先に待つ陥穽に気づかなければならないと感じた時に、僕の筆を止める手段はありませんが。そもそも書かなきゃいけないような非道をやらなきゃ、こっちも書くべき事がないってだけの話なんで。
モラルの設定は色々あるでしょうがね、とりあえず、ど真中の“マトモ”でいきませんか。
その限りにおいて、僕は“日本一書かない男”の立場を守りますよ。
これは紳士協定と受け取ってもらって結構でございます。
ただしこれは僕自身のためのルールである。“あなた”との約束ではない。
念のため。
書かない代わりに、別の事を熱心にやってみようかなと思っている。
なにをやるかって?
それはそろそろ形になるのでお楽しみに。
春なんだし、しかめっ面ばかりじゃ疲れるからね(笑)。
08/21
前回書いた、僕が運営に関わった某団体の内幕話が、あちこちの飛び火して話題になっているらしいですな。ここのBlog本隊にはコメントも付かなきゃ、トラックバックもなし、静かなもんですが。例によって、ワタクシの関知しようの無い某有名巨大匿名掲示板に全文が丸々コピペされての話らしく、そんなトコ覗きもしないこっちとしては、知ったこっちゃないんですが。
まあ、そっちでの評判が耳に入ったのか、それともこの閑散としている本家Blogのほうにご丁寧に目を通してくださっているのか、『強烈な事を書いてますね』とか、『面白いんでもっと書いてくださいよ』みたいな、業界内部からの反響が、リアルではいろいろ聞こえてまいります。でもね、ハッキリ言って、あんなの氷山の一角ですよ。ホントはなーんにも書いてないに等しい。
ああいう文章だけ見ると、ワタクシなんて、勝手にインサイダーでイベントに入り込んで行って、ちょこっと自分が気に食わない事にでくわすと、八つ当たりで何でもゴリンゴリンに内情バラしちゃう無茶な書き手に思われてるかもしれないですが。ホントのとこは、ガマンして飲み込んでる事の方が、ずーっと多いです。そんな幼稚な感情本意でモノ書く仕事してたら、読者も離れちゃうでしょうし、なにより業界で生きて行けなくなる。
実際、業界人で僕とガンガン衝突しちゃってる人少なくないけど、その人達の悪口の類いなんか、なーにも書いてこなかったでしょ(あんな事とか、こんな事とか…書かれたらまっ青になっていい訳に走り回らなきゃならなくなるような話、僕書いてないでしょ? ね? 心当たりのある方、その場で挙手してみてください…ほーら、そんなに沢山いるじゃん(笑))。他に言ってもしょうがないようなスキャンダルなんかもどんどん耳に入って来ますけど、聞いても書かないで置いてる事、いっくらでもあります。単に、『アイツの裏側をバラして足引っ張っちゃえ』みたいな思惑の人達に、政治的に利用されるだけってのも業腹だしね。
今回の件だって、裏にはもっともっと酷い話が隠されてるんですが、それを暴露したほうが業界のためなのか、それとも今は書かずに情勢を見守る方が正しいのかは、ちゃんと考えてからにしたいと思って様子を見てる最中なんで。あくまで前回は僕の巻き込まれた酷い状況を、そこに関わった個人の感慨レベルで書いただけでね。この先、何をどのタイミングでどう書くか、あるいは書かないかは、もっともっと考えて、情報も集めてから、と思ってます。例えば“ライターの仕事”として今回の件を書く場合は、団体や人名も具体的に書くだろうし、もっと広く格闘技界全体に起きている事との関連を軸にして、いろんな人の意見も集めた多角的なものになると思う。例えば、All Aboutで続けてる『誰が格闘技を殺すのか』のシリーズの一本になるぐらい、人、金、政治に言及した総合的なレポートにね。ーー言っとくけどこれ、予告じゃないよ(笑)。あくまで僕の“書く姿勢”の表明として、例を挙げてるだけです。
とにかく僕自身は選手ブッキングに手を染めようが、イベントのインサイダーとして関わる事になろうが、姿勢は変わりません。そういう“内部のオシゴト”は、その業務に対してのみ対価をもらってプロとして行う業務として切り分けてますから。団体側にもライターとして無意味にイベントを持ち上げるような記事を書くといった、付加的なバックアップは期待してもらいたくないし、そんなサービスはしません。逆にこそこそそういう動きして、団体からお小遣い貰ってるようなライターも居るみたいですけどね。ま、その善し悪しは言いますまい。(ただ、普段のライター業務を通して手に入れたノウハウ・知識・人脈なんかは、惜しみなくイベント運営の方につぎ込みますよ。それは僕の強みなんで)
基本的に、“インサイダー”としてその業務に関わった事で直接得た情報は、書かないつもりで居ます。例えばカードの情報なんかは自分のマネージメントしてる選手だったら、かなり早い段階で情報が入って来ますけど、だからってばうれびにお先走りで書いたりしないでしょ? アレックスの記事なんか、全部井原に書かせて、あっさりしたもんでしょ? それは僕の方針がそーだからです。それどころか、“インサイダー”として関わってるイベントの場合、ライターとしては会場に入らない事が多いし、出来るだけその周辺の記事も書かないようにしてます。宣伝予算の中からお金をもらって、提灯記事書くような仕事はライターのプライドとして、可能な限り避けたいですから(大会パンフの中に持ち上げ記事書いたりも頼まれるけど、記名では書かないようにしてるのはそのため)これまでもそうして来ました。一言で言えば、『“金のためにやる事”より、金のためにやらない事”の方が多い』ということ。
あくまで、イベント周辺の業務と、ライターとしての仕事には、僕なりのラインを引いてるつもりであります。
それでも、たまーに関わっちゃってる“インサイダー仕事”の会見やイベントに、物理的に僕しか行けない場合もあります。それはまあばうれびのお台所の問題なんで、記者を沢山雇えないウチが悪い。そう言うときは仕方なく記事書く事もありますけどね。結局、そんな場合、ライター業は片手間になっちゃうし、ロクに試合なんか見れてない事が多いんで、記事書きたくても書けない場合が多いわけです。
実際、今回のコンサル業務の最中でも、一個小さな大会をやった日が他にも大会が重なったラッシュの日で、記者が足りなくてその大会は、ばうれび的にはノーマーク。たまたまメインだけは全部仕事が終わってようやく見られたので、ちょっと記事にしましたけどね。メモなんか取れなかったから、ホントに概況だけのレポートになってたし。他にもレフェリーのルール解釈で揉めた試合が別にあって、ホントに記者専業で居たなら、この記事は書かない手は無い内容でしたけどね。ロクに試合見てないもんだから、そんな微妙な話書けるはずも無い。逆にインサイダーであることが、記事の公平性を傾かしてもいけないなと思って、そのまんま写真だけ載せてお茶を濁しちゃいましてね。(ビデオ届いたのも遥かに後だったんで、追加記事を書くにもタイミング逸しちゃって。ビッグイベントなら同時中継の PPVとかを録画しといて、何食わぬ顔で記事書いたりできたのになあ(笑))。
ーーその記事見て“オマエ、大会運営に関わってたから都合の悪い試合を書かずに放っといたんだろう”みたいな事も後で言われましたがね。ホントに都合のいいのは、揉めた事件をスキャンダル風の記事にしてファンに注目してもらうことなんだから、“インサイダー”としてはホントは記事にして煽るほうが都合が良かったわけですよ。そこを“ライター”の意地と都合で押し切って無視しちゃった。だからホントの事情は逆なんだよね(笑)。まあ、こういう根も葉もない誤解にイチイチ言い返してられないのが、一人二役の問題点と言えば問題点ではありますな。
しかし、インサイダーとして、これを放置しておいたら、業界全体が、そしてファンが悪影響を被ると言う話に行き当たった場合は別。インサイダーが、ジャーナリストに“内部告発”するような意味合いで、“インサイダーの井田さん”に“ジャーナリストの井田”がインタビューして、記事を書く、という事態はあると思います。
ただその“一線”を飛び越えるときは、通常の関係者が“内部告発”に踏み切るよりも、僕の中にさらに高いハードルがあるということは言っておきたい。それがなかったら、ただのダダモレのスパイ野郎になってしまうんで。だから、営業に関わる情報や、単に腹が立ったレベルの話は今までも書かなかったし、これからも書かない。
判断基準は、そこに“正義”があるかないか。
大げさだけど、それを自らに問いながら、僕なりの判断で動いて行きます。出来れば、仕事を共にする人々、そして読者と大きな意味での“正義”を共有できればうれしい。でも、そうできなかったときは、残念ながら立つ位置が異なる事になるでしょう。そういう事情を含んだ上で、僕と一緒に仕事がしたいと言う人が居れば、それはこれからも誠心誠意がんばります。書く仕事はもちろん、イベントを作って行く仕事、人と人を繋ぐ仕事、アイディアを出して行く仕事、ファンと現場、ファンとイベントを繋ぐジョイントとして、僕と僕の仲間にはまだまだ出来る事が沢山あると思うので。
とにかく、書く事の先で何が起こるか/起こしたいかを考えて、自分の格闘技に対するポリシーを軸に書いて行くと言う姿勢は変えないつもりです。
しっかし、この期に及んでも、ご本家は呑気なもんで驚いてしまう。
告知も出さなきゃ、大会直前になってもまだ主要カードは決まらない、記者会見もやらない(できない→まだカード編成でゴタゴタやってるから)。まったく格闘技イベントのセオリーを無視し切った、独自で、特異で、異様で、不思議極まりない、その“勇気ある”孤立ぶりには、つくづく感心しますな。
このまま放っとけば、開催された事すら誰も気づかない、謎のままひっそり消えてしまうシーラカンスみたいな大会になってたのは間違えない訳で(笑)。それが逆に今回の僕のblogとか、某掲示板での煽りなんかが原因で、カルトチックな人気を呼んじゃったらヤだなぁ…。あの時代錯誤の二十年前のプロレスの地方興行みたいなポスターなんかは、ホント田舎の風呂屋に張り出されてそうな代物で、確かに笑えるツッコミポイント満載の代物だしね(笑)
これで恐いもの見たさの、ひねた客がちょこちょこ入っちゃったりしたら、数字だけ見て『やっぱ、ウチ人気あるんじゃん』とか勘違いするだろうなあ。イベントの動員/不入りの要因をイチイチ分析できるような、緻密な人達じゃないんで(笑)、またびっくりするような企画を立てて業界の顰蹙を買いそうでコワヒ…。
まあ、僕が書くまでの某プレイガイドでの実売数は、桁が一個おかしいんじゃないかと思うような数字だったみたいなんで、あのBlog出した後の数字の推移も調べてみると面白いかもなあ。変にネガティブな広告効果があったとかわかったら、びっくりするよなあ。『頼むから悪口書いてくれ』って、団体から直に売り込みが来るようになったりして(笑)。まあ、所詮コメント、トラックバックもゼロの記事だし、そんな大げさな話でもないか…あくまで業界内部のひっそりした話だよな。第一、そんなカルトネタに反応するようなファンは、格安で投げ売りされてるオークション周辺に行っちゃうか…二枚セットで600円とか、紙切れ代以下の値段になっちゃってるらしいし。
まあ、今回上の方で使われるガイジン選手はなんだかんだ言っても我がJusticeプロモーションが紹介したホンモノばっかりなんで(今回は出場契約しちゃった後なんで、引き揚げることもできず、出場しちゃいますが)某団体のチャンピオンとか、某トーナメントの覇者とか、確かに見とく甲斐はあると思います。
もっと会見もこまめに開いて、いいリリース出して煽って、もっとまともな広報活動やって、雑誌とかにも記事がキチンと出る状況だったら、大会自体も満員までは行かなくてもそれなりに健闘できたんじゃないかと思うし。あと、メインに持って来た強豪選手に、日本人のチャンピオンクラスの対戦相手をちゃんと準備できてたらね。…でもそんなバリューある選手に出て来てもらえるような誠実な交渉、あの人達には絶対無理なのはわかってましたけどね。(ホント、名前の挙がってた選手を聞いたら、みんなぶっとんでたと思う。今となっては夢、幻どころか、霞ですらない状況ですが。)
あーあ、なんだか、まだタメ息が止まらないなあ…
昨日、
歴史に残る延長十五回の死闘を繰り広げて、翌日再試合になった
甲子園の決勝戦。
ワタクシも元野球少年のなれの果てなんで、TVの前に張り付いて見てたんですが。最後の最後まで意地と意地のぶつかりあう展開で、久々に野球見て一喜一憂しましたよ。なんかどんな作り物のドラマも及ばない、ドラマチックな展開続き。特に、九回表の駒大苫小牧のクリーンナップと、早実の斉藤投手の対決は壮絶だった。
既に三点差つけてこのイニングを押え切ればX勝ちという展開で、早実の斉藤は三番の中沢にツーランを浴びてしまう。
続いてノーアウトまま、四番の本間を迎える、本日最大の見せ場。オープンスタンスの本間は、ずっと斉藤が外角低めに集めて来るボールに手が出ず、昨日今日とノーヒット。四番の意地に賭けて、そのアウトローをインに踏み込んでの流し打ちで切り返そうとする本間。しかし、ポーカーフェイスを守って、コントロール勝負のコーナーギリギリの球をズバスバ決めて行く斉藤が、本間をフォークで三振に切って取る。ピンチをものともせず、緻密なコントロールを維持した彼を、日本中のファンが絶賛したと思う。
かくて、サヨナラのチャンスを次々に斉藤に押しつぶされ、最後のバッターになったのがエース田中。もう、ホントあり得ないぐらい盛り上げてくれる展開だ。
僕はこの二日ずーっと田中に感情移入して、試合を見ていた。ちょっと松田優作似というか、高校生とは思えないような大人びた静かな目をしていて、普通なら背負いきれない大きい荷物を当然のように引き受けてるような毅然とした印象を受けたのである。駒大の香田監督は、エースの疲労を考慮して先発に二年生投手の菊池をマウンドに送ったのだけれど、場数の足りない彼は大一番の緊張に負けたのか、制球難で一回の裏にいきなり先取点を献上してしまう。昨年は継投策で優勝しているだけに、ここでの菊池の崩れは香田監督に取っては誤算以外の何ものでもなかっただろう。一点を追うハンデを付けてられた上に、予想外の一回に早々に引っ張り出された田中は、表情一つ変えずに後輩とマウンドを変わる。堂々としたその佇まいが、また彼に年齢不相応の貫禄を感じさせた。
しかし、中盤はさすがに疲労を隠しきれず、制球が安定しない。フォアボールでランナーを背負ってしまう展開。結局、たった四本のヒットで三点を奪われた。最終回、ようやく訪れた攻勢のチャンスも、ライバル斉藤が剃刀のようなスライダーで、その焰を切り刻んで行く。同じ球種を武器に持つ田中にすれば、無念としか言い様の無い展開。だが、ツーアウトで回って来た最後の自分の打席。田中は迫り来る負け試合の予感を必死に押し返そうとする。打ち返せないまでも、この大会屈指の名投手斉藤を向こうに回して、必殺のスライダーをカットして切り抜け、最後まで狙い球を待ち続ける。
あの必死の抵抗を繰り広げた田中の孤独な姿には、ちょっと泣けたなあ。
だが、最後の一球に賭けた一振りが空を舞って、キャッチャーのミットにボールが納まった瞬間、田中の顔にはスゴく晴れやかな表情と、悔しくてたまらない表情が交錯する。その直後、負け試合の実感がどっと襲いかかって来たのか、意地っ張りの小熊みたいな彼の顔がちらっと歪んだのだね。しかし、そこをぐっとこらえて、「負け試合いで泣けるか、バカやろ」って感じで歯食いしばったんだよ。
昨日の十五回と今日の七回1/3、ずっと田中の中で張りつめて来たものが、一気に駆け抜けた瞬間だった気がする。いや、三年間の高校野球での全ての戦いか。彼が大好きな野球を通して積み重ねて来たものが、あの一瞬、あの一球の攻防に凝縮されてたのかもしれない。なんか、あの攻防と表情を見ちゃったらね…なんか、俺も下らない泣き言ばっかり言ってられないって気がしてきた。
いやー、田中いいよ。あのピンチを、ポーカーフェイスで通した斉藤も。
これから彼らの野球人生がどう交差して行くのか判らないけど、もう一度別の舞台で覇を競って欲しい。斉藤に完全に押さえ込まれちゃった四番の本間なんかも、もう一回自分を証明したいだろうし。
それぞれの人生賭けて積み上げてきた技量や、そして勝負の最中に交錯する感情を、一瞬のプレーの中に凝縮して目撃できるのが、スポーツを見る最大の楽しみなんだと思う。
オトコノコはああでなくちゃね。
やっぱり頂点を争うヤローどもってのは、スゴいわ。
08/16
ガックリな日々をすごしている。
春から夏に掛けて、かなり腰を入れて取り組もうとしたプロジェクトが一個あったのだが、それがほぼポシャった状況。おかげですっかりやる気をうしなって、夏を茫洋と過ごすハメになっている次第であります。
元々、そのプロジェクトに関しては、組もうとしたパートナーーーある格闘技のイベントを手がける会社なのだがーーの評判はよくなかった…いや、正直言えば最悪だった。
まず業界に無知で、方向性も定まらない。言う事やることが時によってバラバラだし、およそ信念というべきものが見当たらない。何がやりたいか正直よく判らないイベントを連発して、既に評価は最悪な状況に陥っている。また、何より金銭的な評判が悪い。中には未だに一千万を越える多額の未払金が宙に浮いてしまっているという噂まで聞こえて来る。関わるとろくな事にならないよと業界関係者の誰もが言う、いわゆる“事故物件”。
ただ、この会社には格闘界の事情にも詳しいSさんという社員が一人居て、この人にほだされてしまったのである。
最初はばうれびに広告が出せないかと言う事で連絡を取り合っているうちに知り合いになったのだが、選手が足りないと言うので何人か僕のマネージメントする選手を紹介したりして、段々距離が詰まって行く。結構業界の現状に関する認識もしっかりしているし、辛口の格闘技観を持った彼の視点は結構共感できる部分が多かった。当然仕事絡みの内容ではあったが、毎日のように電話で連絡を取り合うようになる。そのうち問わず語りに、経営陣が業界に無知で、変な企画ばかり立てるので、本当に困っているという内情を明かしてくれるようになった。そして、できればこの会社の主催するイベントの体質改善を手伝ってくれと言うのである。彼が孤立無援状態で辛いのもよく判ったし、どんな団体であれ、選手が上がれるリングが一つでもダメになってしまうのは忍びないという、ちょっと青臭い理想論を抱えていたのが失敗のもと。
当然、書き手の僕が一つのイベントに入れ込んで手伝う事には、賛否両論あるだろう。だが表沙汰にするかどうかは別として、記者が団体のアドバイザー的な立場で動いたり、FEGの谷川氏のように実際にインサイダーになってしまうのもよくある話。世間的にいって、決してバランスのいい話には聞こえないのも、もちろん判った上での話だが。
ただ、二大メジャーに支配されて、選手が自分の意志のままに自由に動けない格闘技界の現状を、僕は決していいとは思っていなかった。もっと沢山のプロモーターがこの業界に参入して、“自由通商”が確立するほうが正しいと考えているのは、これまで散々書いて来た業界インサイドに関する文章を見てもらってもわかるだろう。そうやってファンにも選手にも多くの選択肢を提供できるなら、それが最終的には格闘技界をメジャーなスポーツとして定着させる助けになるに違いない。ならば、どんな立場の人間であれ、やれる事、正しいと信じた事をやるべきではないか? ブッキング同様、僕が“現場”にも手を染める理由はいつもそこにある。
そこで今回は、この団体に僕の人脈とアイディアを色々提供して、このどん底状況のイベントがどこまで浮上できるか、コンサルティングを施してみようと考えたのである。(ただ、そうするうちにSさんは、一連のストレスが原因となったか、病気でダウンしてしいまい、すっかり会社に姿を見せないようになってしまった。今回の頓挫騒動の最大の敗因は、彼が現場から消えてしまった事だったかもしれない。)
ともあれ、そんな具合で、改善の企画書を書いたり、マッチメイクのプランを練って提出するような仕事が始まった。
僕の書いたリリースで「リニューアル」を大きく歌い上げた記者会見が開かれ、これはあちこちの誌面でも結構大きな記事にしてもらった。書き手のツボが判ってる人間だからできた仕事だし、手応えは十分に感じた。中でもブッカーとして僕らが集めた、“無名だが実力者ぞろい”=通好みの海外選手のラインナップは、現在の格闘技界の流れの中でも十分斬新だっただろうし、予想以上に注目された感があった。この調子なら、“最悪”というレッテルをべったり貼られたこのイベントに、上昇気流を吹き込む事が出来るかもしれない。そんな事を考えた矢先、彼らにはそんな表面的なテコ入れではどうしようもない、骨絡みの問題点があることが判ったのである。
ーーこの会社には、余分な口出しをする船頭が沢山いるのだ、ということが。
最初の異変は、案外些細な事だった。
会見以降、そこで発表したコンセプトに従って、いくつかのプランを煮詰め持って行く作業が続いた。ところが何を提案しても、企画しても、どういうわけかすぐ話がストップしてしまうのである。既に大括りなコンセプトは会見でも発表済みであり、あとは具体的にそれを表現するマッチメイクや、広報戦略を練って行けばいい。表向きの責任者である社長に色々プレゼンテーションをして、一定の同意を貰ってという手順を踏んでいるので、当然通ったものと安心していたら、これがことごとくひっくり返るのである。ロゴの刷新やポスター案、チラシの代わりにやろうと言っていたフリーマガジンなど、いろいろなアイディアを出しているのに、実はそれがまるで検討されておらず頓挫扱いにされていたり。酷いときにはこっちが意図していたプランと全く違う形で書類にまとめられて、営業書類として業界に流通してしまっている。そんな信じられないと事件が相次いだのである。正直、これにはびっくりした。
一体、お宅の会社はどういう組織構成になって、どういう意思形成で運営されているんだ?、と血相を変えた僕はSさんに詰め寄った。しどろもどろに彼が説明してくれた、この会社の構造は、僕の想像を絶する程奇々怪々なものだったのである。
普通、イベントと言うのは中央に司令塔になる人が居て、その人物の理念なり経営方針に基づいて動いて行く。いわゆるプロデューサーである。ところが、この会社にはその軸に当たる人物が居ないらしいのである。無論一番エラい人は居る。この会社の場合で言えば、「会長」と言う肩書きを持って資金面の面倒を見ている、いわゆる“オーナー”がその人。結構大規模なお金を動かす本業を別にもっていて、そちらではそこそこの成功を収めているらしい。そして、そちらで儲けた利益をイベント運営に回している。金銭面でも発言力でも一番の影響力を持つ人物であり、団体運営は彼がメインで回っていると考えてまちがえない。どんな不入りになっても、彼が身内を回ってお金を集めて来るので、イベントは一応資金的には安定している。その中身はともかく、規模だけでいえばメジャー級といっていいサイズのイベントを打てるのであった。
ただ、残念ながら彼は格闘技界の現状には全く疎いご老人だった。したがって色々、現状にあわない決定などを下して、現場を混乱に陥れたりもする。例えば、見栄っ張りだけで、新進団体の身の丈には全くそぐわない一万人クラスの会場を借りてしまい、そのサイズに苦しむといったトンチンカンなことを平気でやる。
そこで、一応、少しは格闘技界の事が判っている若い息子の方が、表向きのトップに立って、プロデューサー的に動くことになってはいたのだけれど、これがまた全然トップとして機能しない人物だったのである。
まず何が悪いかと言えば、あまりに優柔不断で何も決定が出来ない。先にも書いたように、彼がトップを名乗っているので、こっちは当然企画を持って彼にプレゼンをする。だが、彼の段階では何も決定が出来ない仕掛けになっていたのである。彼は何も決めない。決められないと言うべきか。
全ての決定は父親にお伺いを立ててから、さらにその下に控える番頭格の人間にダメ出しをされ…という調子で、行動の一個一個にいちいちチェックが入れられてしまうのだ。いくらプレゼン段階で盛り上がったり、妥当だという話になっても、結局、僕は何の意味も無い空回りを演じていただけということになる。
またチェックするご老体が、現在の格闘技界の状況を理解したうえで、トップとして確実な舵さばきをするなら、強権を振り回そうがごり押ししようが、それは自分の金でやる話、全然構わない。だが、会場の件一つとっても判る通り、全然見当違いの事を考えついて強行してしまうのだから始末に悪い。言葉遣い自体はソフトで非常に紳士的な人なのだが、最終的に自分の思いつきを通すまで、ひたすら対案をペンディングにするというねっとりした必殺技も持っている。団体としてどんどん先に進まなければならない時にも、おかまい無しで線路の真ん中に居座る。ニコニコ笑いながら繰り出される「私が納得しない限り、何も進める訳にはいきませんからね」という極め台詞に、幾つのアイディアが握りつぶされた事か。正直、この人がトップを張っているかぎり、このイベントには成功のチャンスは永遠に巡って来るまいと思う程の難物であった。
また、その息子の方も、親の威光に逆らうと言う事が一切出来ないお坊ちゃんなので、親の言い分が明らかにおかしいとは判っていながら、プレッシャーに耐えきれずに、最終的にグズグズ折れてしまう。その度に抵抗しろと焚き付けるのだけれど、彼にはそんな気概がまったくないので、すぐ言いなりにされておしまいになる。結局、現場の意見を一切守る事の出来ないリーダーと、その後ろですべてをグダグダにしてしまうおとっつあんの存在が、この団体をメチャクチャに迷走させているのであった。
正直、これではまずマトモなイベント開催は無理だ。本来なら、少数精鋭でトップダウンの速攻勝負を仕掛けるしかないゲリラ部隊が、口ばかりの後衛に邪魔されてモタモタしているのである。そんなことで、生き馬の目を抜くこの業界でどんな結果が残せようか。ーー要するに、こっちがどんな冴えたプランを託しても、この団体では実現化する見込みは全く無かったのである。
また、このオーナーには、“側近”だとか“仲間”とか称する正体不明の取り巻きが山ほど居て、さらに泥沼状況を悪化させる。この連中、イベントの実際にはまるで動いてくれないくせに、決まったことには拒否権を主張し、かき回して、結局何もケツをふかない。そのくせ、何かと寄り集まっては、“テレビの深夜枠を買って30分のバラエティを作ろう”だの、“雑誌に広告を出せばチケットは売れるようになるだろう”などと、現実感のないプランばかりを立てて、仲間内で盛り上がっているのである。選手のギャラを値切っているようなケチ臭い状況なのに、なんでそんな無駄な金をばらまけると考えているのか。おめでたいと言うより、ほとんど妄想の域に達した作戦会議をでっちあげては、酒を飲み、赤い顔で盛り上がっているこの取り巻き連中を見る度に、無能な船頭の多すぎるこの船の行方を思って、僕はタメ息をつくばかりだった。
そんな脇の甘い状態でいると、また当然のように選手を高く売りつけようとするだけのブローカー的な人間も入り込んで来る。まるで実績もない無名選手や、電話一本でオファーした面識もなにもない選手を一本釣りし、そのギャラに四割りの上乗せをして要求をしてくると言うではないか。タコ部屋じゃあるまいし、ぼったくりもいいところだ。そんな業者が関わる事は、百害あって一理無し。イベントのお財布に対して無駄な重荷を背負わすだけでなく、マッチメイクにも悪影響を与えるだけではないか。僕は彼の閉め出しか、少なくとも選手の押し売りを止めさせるように要求したのだが、これも却下。
それどころか、この人物経由でどんどん無意味な選手がマッチメイクされて行く一方。どうやら、オーナーにべったり食い込んで、何か訳の判らない利権をちらつかせながら、選手の盲買いを要求しているようだった。まさに、正気では考えられないような迷走状態だった。格闘技に愛情が感じられない、有象無象ばかりの出入りする複雑怪奇な人間模様。誰もファンの事を考えず、マトモな大会にしようという理想も無い。
どんなカードでファンに思いを伝え、どういう試合をみせることでファンに感動してもらうのか。格闘技イベントの「魂」にあたる部分だけが空洞で残されているのである。だが、そんな危機状況に、彼らの中の誰一人として気づくものは居なかった。オーナー以下、決定権を握っている連中は、お世辞と媚で売りつけられるバリューの薄い選手を、無理矢理マッチメイクして、意味の無い試合を並べるだけ。幾ら阻止しようとしても、彼らには何が悪いのか全く判ってない。関係者の薄汚い思惑だけが進行し、なんの意義も目的も見いだせない大会がでっち上げられていくのを看過するしか無い。ある程度理想主義は横に置かねばならないだろうなと、覚悟を決めて飛び込んだ状況とはいえ、ホントに泣きたいような四面楚歌だった。僕にこの苦境を押し付けて、とっとと姿をくらましてしまったSさんを何度恨んだか判らない。
そんな状況に僕が物言いをつけるたびに、トップ陣は苦笑しながら『井田さんには判らない事情がこちらにも色々あるんです。まあとりあえず仲良くしましょうよ』と懐柔してくるのである。そして食いたくもない飯を食わされ、酒を薦めてごまかそうとする。これがオトナのやり方と言う奴かね? あまりの演歌チックな展開にムカつくので、車を理由に酒は全て断ったが、正直何度テーブルをひっくり返して暴れてやろうと思った事か。大体、僕に判らないような意図が、なんで一般のファンに通じると思ってるんだ! 勘違いも甚だしい。俺はアンタ達の友達になりたいんじゃない。ホントの仕事をやらせてくれ。
これでは良いイベントなど出来るはずもない。
その後も、もっといいマッチメイクを、もっと毅然としたイベントの方向性を打ち出したいと考えて、いろんなプランを出したし、キーになる人間も紹介したのだけれど、結局全部“有象無象のフィルター”が邪魔をして、全ては曖昧なまま頓挫してしまう。すっかり僕は疲弊し、イベント立て直しに対する熱意を失って行った。
もちろん、僕のプランを潰すのは構わない。こっちだって出したもの全てが万全のプランとは思っていないから、検討されて没になる場合も当然あるだろう。ならばその代わりになるもっと立派なものを出してみろよと思うのだが、そんな創造性のある人間は皆無だった。大体それが可能なら、最初から外部の人間にお呼びなどかからない。ただ彼らには外部の人間の知恵を謙虚に聞く態度も無かったし、その労働に対して相応の対価を払うと言う発想もなかった。
例えば、ロゴの事件などはその典型的な例だろう。
彼らが使っていたイベントのロゴのダサさに僕は最初から問題を感じていた。某メジャーイベントを連想させる、パクリ丸出しのそのロゴは、使っているだけで恥ずかしいし、ファンに舐められる原因になりかねない。コンセプトを入れ替えて、新しい出発をするなら、まずそのCIから始めるべきだ。そう考えた僕は、知り合いの優秀なデザイナーに頼んで、いくつかの素案を出してもらった。中に一つ、非常に斬新なモノが仕上がり、これならば商品化しても売れるだろうというインパクトのあるものが上がって来た。
大喜びでロゴを首脳陣に見せたのだが、妙に反応が悪い。デザインが気に入らないのかと思って、何度かプッシュしてみたのだが、その度に言葉を濁して、採用するのかしないのか、はっきりしない。一体どうなっているのか、焦れて真意を問いただしてみると、オーナーがぽろりと本音を吐いたのである。
「これ、商品とかにするときに印税とか権利を主張されませんか?」と来るのである。正直僕は耳を疑った。買い切りにしたいなら、相応の値段を提示すればいいし、印税契約にしても、そんな驚くような額は要求するわけもない。シャツ一枚に値段の半分を要求する馬鹿は居ない。なによりデザインの力で得られる刷新のイメージより、目先の十円百円が惜しいという、その感覚がどうかしている。もともとそのデザインの代金として、彼らが提示した代金はたったの五万円なのだよ。驚いたかね。団体の顔となるマークにこの値段。どんな安い顔で世間と渡り合うつもりだったのだろうか。
ケチと言うより、これは他人に何かを託す事がイヤで仕方が無いのだな、と僕はこの時感じた。自分たちは常に騙されていて、迫害者に自分の利を奪われるのではないかという猜疑心が、この人には常につきまとっているらしい。あまりにケチ臭く、ケツの穴の小さい物言いに、そう感じたものである。
そのくせ、自分では何も斬新なアイディアは作り出せない。決断もしない。そしてもちろん責任を取ろうとしない。自分に媚びて来る烏合の衆だけを集めて親分面をしていたいだけか…。
僕は、ここでも深く絶望するばかりだった。
さらにこの団体、ケチなだけではないーーいやケチだから生じた、もう一つの大きな問題を抱えていた。格闘技イベントの命脈ともいえる、ブッキングのルートがほとんどないという致命的な問題を、だ。
この窮状を招いてしまった最大の原因は、旗揚げの時に彼らを手伝ったプロデュース組織と決裂してしまったことにあった。この組織は、国内のほとんどの団体に選手を派遣する一大組織でもあり、彼らの影響圏外で格闘技イベントを成立させようというのは、かなりピンポイントの難事になる。
決裂の原因は、またも金。
最初のイベント開催にあたって金銭的な衝突があったらしく、その組織とは一回目のイベントで早々に関係が決裂。先方は「一切金を貰っていないのでもう付き合えない」と言って選手派遣を一切止めたようだ。この会社に関して言うなら、他所で金銭トラブルを起こしたと言う話は聞いたことがないので、まずこの言い分を疑う理由も無い。一方、こちらの会社は「払うものは払った、騙された」と被害者をきめこんでしまっており、僕が何度即してもこのトラブル回収に乗り出す気配はなかった。頑なすぎるほどに頑なその態度を見るにつけ、逆に僕の中では彼らの言い分に対する疑念が深くなって行った。
実際、数ヶ月彼らと付き合ってみて、正当な労働に対してお金を払うことを渋る傾向が顕著だったからだ。
例えば、僕が関わった範囲でも、何週間も前にオファーを出した海外選手の航空券手配を、いつまでもやらないで放っておいたりする事件が数回勃発している。その度に海外のコーディネーターは血管を浮かせて激怒し、「明日までに入金が無かったら、選手は飛行機に乗せない!」と息巻くことになる。何故そんな馬鹿げた事になるのか問いつめたところ、「会長の決裁が降りないので入金できない」などというバカな返事が返って来てしまうのである。航空券など、早く手配しなければどんどん値段が上がって行くもので、先に延ばしたから安くなったりは絶対しない。ダラダラしていたら、その分高くなるだけのこと。それが判っていながら、財布の口は貝のように閉じる。それが彼らのパターンであった。
そうやって、何だかんだとグズっては支払いを延ばし、結果として大損をするというパターンを何度も繰り返すのだ。だが、その目先の十万二十万の小銭を惜しむ“オバさん体質”が、興行と言うスピード勝負の世界にどれだけ悪影響を与えるか、彼らには全く想像もつかないようだった。
ハッキリ言って、興行の世界では吝嗇さは命取りになるのだ。選手は常にいい条件で遇される事を望み、次々にオファーを天秤にかける。ダラダラすればどんどん有力選手は逃げて行き、観客もカード発表の遅い団体のチケットなど見向きもしない。まして雑誌は、記者発表のない団体の記事など一行も書かない。即金主義でバンバン先手をとって、話題満載にして行かなければこの業界での勝利はおぼつかない。
選手の手配を遅らせ、航空券の手配を渋り、そして記者会見はいつも大会直前に申し訳程度にやるだけ。そんなイベントに誰が期待するだろうか? ーー全て、口先だけの船頭達を放置し、その不協和音を垂れ流させている弊害であった。そして、名前だけの船長が、優柔不断にグネグネ逃げ口上を言い続けている間に、船はどんどん沈んで行く。
結局、前述のプロデュース組織との決裂も、払い渋り/先延ばし体質が嵩じて、破綻を生んだだけの話であったのだろう。彼らの困った所は、いつも話の上っ面の都合のいい部分だけ見て大はしゃぎし、プランを現実化する時に生じる問題点が浮上して来ると、すぐ現実を放り出して逃避しようとする所にあった。問題点が生じるのは、全て他人のせい。せっかく関わってくれた人間達を次々にワルモノ扱いして、自分たちが当事者である事は放棄してしまう。そのくせ、プロジェクトから生ずる利点や利益に関しては、砂の一粒たりとも他人には渡したくない。要するに子供っぽく、そして責任感がない困った人達なのであった。だから、深入りすればする程、僕は被害者面を振り回す彼らの話に、全くリアリティを感じられなくなっていった。
それはともかく、今やその組織やその関連会社には頑として連絡を取ろうとしなくなってしまったので、彼らにはチョイスできる選手が日本人選手がほとんど居なくなってしまったのであった。
実は、その状況を見て売り込みに来た選手も居ないではないのだが、選手たちが提示する金額を、絶対彼らは飲もうとはしなかった。要するにまたもやここでもケチなのである。部外者の僕から見れば、多少高めに設定されてはいても、彼らのバリューからして決して高すぎる値段ではない。初めてのつきあいになる団体に対しては、信用関係もないから当初高めの値段設定になるのは、当たり前と言えば当たり前の話だと思う。それをクリアして、徐々に信頼関係が築かれてから、実績に従った値段設定をすればいいのである。最初はイベントには何の信用も無いのであり、選手の築いて来たキャリアを借りて客を呼ぶのだから、多少高めに言われるのは仕方が無いはずなのだ。
むしろ彼らがどこからか押し付けられて来るロシアやオーストラリアの三流外人選手の値段と比べれば、まだしも妥当だし、試合のパフォーマンスを考えれば遥かに彼らの方が説得力のある試合が出来るはずなのに、である。そう言う部分でも、彼らの会社は“非常識”であったし、実績もないのに非常に“傲慢”でもあった。
まして、主催者の都合で、コネのある選手を高く買うというのは、ハッキリ言って愚行である。選手は絶対控え室でギャラの情報を交換するし、自分が不当に安く買われたと考えたら、選手は絶対次にそのリングには上がらなくなる。バリューのある選手をそんな形で逃がしてしまっておいて、変な屑選手だけを高く買う。そんなプロモーターの態度は、絶対リングの上をダメなものにしてしまうし、ファンも期待しなくなる。
僕は口を酸っぱくして、団体としての公平なギャラ設定一覧を作るべきだと主張したが、身内至上主義の彼らは終始聞く耳を持たなかった。
そんな裏事情を知ってか知らずか、それでもこのリングに上がってもいいと申し出てくれた選手も居るには居た。しかし、そんな健気な彼らに対しても、この会社の連中は非常に失礼な態度を取るのであった。
選手の方はせっかくスケジュールを空けて、試合向けの準備を進めてくれているのに、いつまでたっても正式なオファーを出さないのである。なんでだと詰問すると、「あの選手は、●●(彼らの敵対視している某団体)の息が掛ってませんかね?」と勝手な憶測を巡らせて、グズグズしていたというのだからあきれかえる。ここでも猜疑心、そして政治、くだらない人間関係だけで運営されているという、彼らの最もダメな部分が顔を出す。
そんなこんなで、大会がどんどん近づいてくるのに、全然選手を確保する事が出来ず、いつまでたってもカードは具体化しない。正直、僕は自分の紹介した海外の選手の対戦相手が決まらない事に焦り、自分で対戦選手を探すハメになったりもしたのである。なんで、エージェントが、自分の契約選手の対戦相手まで探す事になるんだ? それもノーギャラで。あまりのシュールな展開に、どんよりした気分に襲われる事がしばしばだった。
こんな泥縄を続けていてはいつまでも団体のステイタスアップなどのぞむことはできない。そう考えて、この間、何回も同族経営的なやり方をストップするよう進言を繰り返した。なにより、このイベントの事だけに集中できる近代的な組織に改革しなければ絶対ダメだと。しかし、無意味な“お仲間大事”に固執する彼らに、そんな助言は通じる訳も無く、全部のらくらとはぐらかされて終わり。
元々彼らには本業があり、このイベント自体は道楽でしかない。本業のスケジュールが忙しくなって来ると、すぐ他所を向いてしまうし、連絡も取れなくなる。メールはロクに見ない、留守電も聞かないというのが自慢のヒトたちと、どうやってまともなプロジェクトを進める事が出来ようか。「報告/連絡/相談」というプロジェクトのキモになる原則も守れない首脳陣相手に、僕は一人焦り、そして苛立つばかりだった。
今考えてみると、例の旗揚げを手伝ってくれたプロデュース組織と方針が衝突したのも、結局そんなごちゃごちゃな組織の在り方に嫌気がさしてのことなんだろうと思う。
オーナー一族としては、そのプロデュース会社に“騙された”という想いこみがあるらしく(先に書いた“敵対視している組織”とはここの事である)、これまでイベントに投入して来た資金を回収する意味もあって、彼らを見返してやりたいという見当違いの“意地”だけでイベント開催を続けて来たらしいのだ。
なんとアホらしい動機!
ホントに格闘技が好きなのでもなければ、タニマチ気分でもない。単なる逆恨みと、業界に甘い思い込みで首を突っ込んで来て火傷したド素人の意地のために、なんで選手が命を削ってリングに上がらなければならないのか。
当然一般客の動員など見込める訳も無い。だから彼らは身内の協賛企業に手売り攻勢をかけて、とにかく客席を埋めると言う営業作戦に出ていた。要するにリングの上がどんな猿芝居になっても、チケットはなんとか裁けてしまうと言うのである。
だからこそリングの上の事に一生懸命にならないし、なろうともしなかったのだ。このままでは、イベントはファンや一般社会に向けた格闘技大会ではなく、成金が資金にあかせて道楽で開く“身内の盆踊り大会”まがいのものになってしまう。中にはブッキングされた選手を見たくて足を運んでくれる一般ファンだって居るはずなのに、そんな身内のオナニーみたいな興行でいいと、プロモーターが考えているとしたら、こんな裏切り行為は無い。
僕は散々悩み抜いた末に、プロデュースをこちらに任せて、素人考えの口出しだけでも控えてくれないだろうか? という提案をしてみた。こちらも、ブッキングした選手が、意味の無い試合を組まれて、漫然と“オシゴト”的に試合をするような事態はどうしても避けたかったのである。最悪選手を引き揚げなきゃいけなくなるよとまで言って、体質改善を要求したのだが、結局その答えもノー。
それどころか、「オマエは団体を乗っ取る気で脅迫するのか」と見当違いの事を言われる始末。脅迫?? 乗っ取り?? ハァ? 散々、沈み掛けの船をなんとかして浮上させようと知恵を絞り、キャリアの産物を投じて助力をしてきた人間に、この物言い。人からもらった恩恵は全部ボッたくり、噛み付かれたら途端に狂犬呼ばわりかよ。
ハッキリ言っておくが、子泣きジジイみたいな妖怪船頭が山ほど乗っかって来る、評価最低の終電あとの痰壷みたいな団体、誰が欲しがるもんか。劣化ウラン弾より、前田健の添い寝券より、都庁のてっぺんからロープ無しのバンジージャンプの許可より要らんわい。うっかりアンタらの“納涼盆踊り大会”に紹介しちまった、前途有望な選手たちの行く末が掛ってなきゃ、とっくに逃げ出してるっちゅーの。
ともあれ、ここまで腐ってしまった相手に対しては、出せる助け舟も尽きた。
もう打てる手はない。バンザーイである。
というわけで、僕はこのイベントの立て直し事業からは手を引く事にした。ここから先は、どーぞご勝手にと言うしかない。
身内だけでひそひそ秘密を共有し、痛い所を突かれるとその場限りの嘘でごまかして、後のフォローはなし。そんな彼らのねちっこい体質にも疲れ果てたし、幾ら正論を言っても通じない堂々巡りの迷宮にもうんざりである。これはもう人種と言うか、人間の質の違いと言うしかないのだろう。
ファンに提供する“商品”であるという感覚がない、フ抜けたイベンターの手助けをしたって、絶対業界全体のためにはならない。それならば、当初の趣旨とあまりにちがうし、もういいやって感じ。
聞く所によれば、この大会のチケット、ヤフオクで1000円の投げ売り状態になっているとか。身内営業で押し付けられて困った人間がせめてもの資金回収のために放出したのか、それとも営業努力自体放棄した会社本隊の誰かがバレないだろうとそんなところに流したのか。いずれにせよ、ファンをないがしろにして見栄だけででっちあげた大会など、そんな値段が妥当なところなのだろう。そこまで値崩れしたものを、これからバカ正直にプレイガイドで買う人間もいないはずだ。
その意味で、このイベントは既に、屑である事、何も期待できるものが無い事を、ファンに値踏みされてしまったことになる。
当日の会場がどんな席の埋まり方をするかは判らないが、一般ファンが定価で買い求める“実券”の数だけで言えば、格闘技史上に残る最悪の結果となるだろう。
つい一ヶ月ほど前には、まだ幾つも残されていた可能性を全部ダメにして、たどり着いた先がそんなところかと思うと、ホントに泣きたくなってしまう。
ねえ、赤ら顔の呑気な船頭諸君、それで満足ですか? 今でもまだ地上波放映だとか浮ついた事を言って喜んでますか? 村長だか、会頭だか、代取だか、親分だか、エグゼクティブプロデューサーだか、大将だか、CEOだか、何か訳の判らない肩書きだけつけたみなさん。今でも自分たちは、毛ほども間違ってないとお思いですか?
まあ、シンプルな結論としては、どんな事情があろうとも、格闘技自体をトッププライオリティに持って来れない人間が、格闘技のイベントなんかやっちゃいけないってことなんでしょうな。
というわけで残り少ない厄年の夏を、小生寝て暮らしまする。
ホント、ガックリだよ。