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町田光・ヤスユキ・立嶋篤史 直前インタビュー:4.14 有明

 REBELS.15(4月14日(日) ディファ有明)に出場する 町田光(橋本道場/元MA日本スーパーフェザー級王者)、ヤスユキ(Dropout/元NKBライト級王者)、 立嶋篤史(ASSHI-PROJECT/元全日本フェザー級王者)の直前インタビューが、REBELSプロモーションから届いた。初参戦の町田とヤスユキはキックをはじめたきっかけ等過去の経歴について、立嶋は2月に急死したラモン・デッカーについても語っている。

“居合パンチャー”町田光、試合直前スペシャルインタビュー





取材日:2013年3月31日 聞き手:REBELSプロモーション


――4月14日、不可思戦、山口元気REBELS代表が、「日菜太×小西拓槙、T-98×緑川創、梅原ユウジ×ヤスユキに並ぶ四大カードだ!」とまで期待しています!

町田 REBELSのお抱えである不可思選手の噛ませ犬だと自覚しています。

――えっ!? 前回(今年1月27日)興行でベストKO賞をゲットし、勢いのある不可思選手ではありますが、MA日本キックボクシング連盟のエース格で、実績十分の町田選手に、まだ新人の域から出たばかりの新鋭が挑むという構図だと思うのですが?

町田 しかし、スピード、テクニック、パワーのすべてが……、

――「俺の方が上だ」と?

町田 僕の方が負けています!

――そ、そんなことはないでしょう!? では、勝っているところは?

町田 必殺技です!

――おおっ、居合パンチですね!

町田 それだけではありません。

――刀を抜く構えから左フックを打ち込む「居合パンチ」だけでなく、刀を振り回すように近づいたり、空手の天地上下の構えの様な不敵なポーズを取るのを見たことがあります。町田選手の必殺技は、どのくらいあるのでしょうか?

町田 完成されたものは、まだ10個しかありません。

――えっ、必殺技が10個もあるのですか!?

町田 試合で出したことがあるのは、そのうち5つだけです。

町田光
――その5つを教えてください。

町田 居合(町田選手用語で刀に手をかける様子のこと)からの左フック、居合からのジャブ、居合からの左ボディブローで居合パンチの三光! そして、居合パンチの左フックを空振らせて右のバックハンドブローにつなぐ「華炎(かえん)」! 刀の上段振りかぶりから左フックの「斬鉄拳」です!

――おおっ! あとの5つは?

町田 秘密です。

――それが不可思戦で出ることは?

町田 出るかもしれない、出ないかもしれない……。

――いや、絶対、見たいです! 居合パンチでJ-NETWORKスーパーフェザー級王者、木村天鮮選手をKOしたこともありますが、それら必殺技の威力は?

町田 全部、倒せる技です。

――どうやって発想するものなのでしょうか?

町田 夜、独り喫茶店で妄想し、ノートにつけます。

――ネタ帳のような秘密ノートがあると?

町田 ありますね。そのノートは、必殺技の開発や練習メモだけでなく、人生のあらゆることが詰まったものなのです。

――そ、それは差し支えなければ見てみたいです!

町田 ダメです。誰にも見せられません。恥ずかしいことや悪口もいっぱい書いてあるので。

――ますます見てみたい……。

町田 常に肌身離さず持ち歩いていますが、自分が死んだら燃やす手筈になっているので不可能です。

――流石に試合時には、手放さなくてはならないでしょう?

町田 加藤竜二(橋本道場の同僚で三冠王者)に預けます。

――では、加藤選手は、見てしまっているかも。

町田 あまり字が読めないので大丈夫です!(笑)

――町田ノートとでも呼んだらいいでしょうか、それは何をどのくらい溜めているのでしょう?

町田 もう何十冊もあります。僕には、百個の夢があるんです。

――百もですか!

町田 それをひとつずつ叶えていくことが、僕の人生の目標です。

――その内容は?

町田 大きなものから細かいことまで色々です。

――すでに叶ったものは、あるのでしょうか?

町田 いくつかクリアーしています。例えば「大月晴明さんに会う」です。

――2000年初頭、数々の衝撃的なKOを量産した“爆腕”大月晴明選手。キック会場でよく見かけるので、会うのは割と簡単なような気が……。

町田 それをノートに書いて数日後に叶ったので、ちょっと魔法的な感じがして嬉しかったです。贅沢を言えば「教えを請う」までいきたかったのですが、緊張してそこまで至りませんでした。

――その他は?

町田 秘密です。

――すべてが叶ったら、どうなるのでしょう?

町田 もう悩まなくていい……格闘技もやめられます。

――悩みと言えば、町田選手は、以前、KO勝ちした後のリング上、マイクで「自殺を考えていたこともあった」と会場をドン引きさせたことがありました。

町田 「人生つらいことはたくさんあるけれど、格闘技で人は変われます!」って続くいい話だったんですけど(笑)。そんな中学時代を生き抜いて、悩み続けて今に至ります。

――是非、そんな中学生時代のことも教えてください。

町田 プロレスラーになりたかったんです。ハヤブサが大好きで。ハヤブサは、空中殺法が得意なFMWのレスラーで、自分がハヤブサの後継者になろうと思いまして、中学卒業からすぐに入門しようと。

――FMWに入門した?

町田 いえ、身体があまり大きくならなかったのもあって、ボクシングに転換しました。『あしたのジョー』を読んでですね。

――25歳の町田選手にとって、世代ではない作品(『あしたのジョー』は、1970年前後に連載された人気マンガ)ですが、どこに惹かれて?

町田 手にしたのは、たまたまですが、何かひとつのことに打ち込んで世界を変えるところが。

――そんなしっかりとした目標がありながら、何故、自殺まで? 内藤大助さんや立嶋篤史選手にように酷くイジメに遭った経験があるとか?

町田 イジメ的なことがなかったこともありませんが、それよりも自分で自分が好きになれなくて、生きることに自信が持てなくて、明るい希望が見えないとかそういう……。

――芥川龍之介の「ぼんやりとした不安」や太宰治のような文学、哲学な感じで?

町田 一度は、本当に死のうとして、けど、怖くてやりきれなくて、その前に「一度、何かをやりとおす努力をしてみてから」と思い留まって。

――ボクシングに打ち込むことに?

町田 それがすぐにジムに入会したかったのですが、それまで何をやっても長続きしなかったので、親も援助してくれないので、まずはバイトをしてお金を貯めてから始めました。

――どこでどのくらい?

町田 福生のマーベラスボクシングジムでプロテストに受かるまではいきました。

――プロデビューはされなかった?

町田 高卒でALSOK(綜合警備保障株式会社)に就職しまして、SHIBUYA109の施設警備を担当していたのですが、24時間勤務の24時間休暇の繰り返しで練習時間も取れず鬱屈としていくうちに足が遠のいて……。

――それからキックに?

町田 109で勤務してる時にK-1で活躍する魔裟斗さんを見て、渋谷の女の子にも騒がれるようなアッチの世界にいる人だなって眩しくて……「こんなことをしている場合ではない!」って、入社4カ月で退社して、橋本道場に入門しました。

――そして、現在に至ると……なるほど、ほんの少し触れさせていただいただけですが、町田選手が人間を「イケてる」「イケてない」に分別する理由が解った気がします。そうなると、やはりキックをやる理由は、イケてないグループから脱却する為?

町田 いえ、そこは変えることのできない宿命です。それを背負ったまま、キックで世界を変えていきたいと。

――具体的には?

町田 キックをメジャーに引っ張り上げます。自分の必殺技で!

――そういったことを日々、町田ノートに綴っているのですね。

町田 言葉だったり、イラストだったり、他人が見てもわけが解らないものだとは思います。

――魔裟斗的外向きの発想と求道的な内宇宙の両面を感じます。

町田 人間力を磨いて、深みのある人間になろうと心掛けています。

――それでありながら、はっちゃけた必殺技とのギャップがたまりません。

町田 お金を払ってお客さんに見ていただくのだから、試合は面白くなくてはなりません。プロレスがはじまりなので、誰もやらない突拍子もないものを実戦的に考えています。まずは、構えが大切。そこからサンドバッグを相手に試行錯誤して技に命を与えてゆきます。

――不可思選手も飛びヒザ蹴りを必殺技としています。

町田 それならば……まだ出していない必殺技で対抗しようと思います。

――おおっ、それでKO勝ちした日には、大変なことになりそうです!

町田 60kg級の日本トップ全員引っ張り出して、僕の必殺技で跪かせます。そして、地上波を勝ち獲って、世界を変えてみせます!



リングネーム:町田 光 Hikaru Machida
所属:橋本道場
生年月日:1987年7月23日
出身地:東京都青梅市
身長:170cm
戦型:オーソドックス
得意技:居合パンチ
血液型:O
デビュー年月日:2007年10月21日
戦績:24戦15勝(5KO)7敗2分
ステータス:元MA日本スーパーフェザー級王者、WPMF日本スーパーフェザー級1位
キャッチコピー:居合パンチャー


“日本最強説”ヤスユキ、試合直前スペシャルインタビュー





取材日:2013年3月中旬 聞き手:REBELSプロモーション


――リアルか? 都市伝説か? 日本最強説がマニア間で高まっているヤスユキ選手です!

ヤスユキ そんな話ばかりが独り歩きしてしまって……(苦笑)。

――いきなりローテンションな謙虚振りですが、ヤスユキ選手の「日本最強説」には、確かに根拠があります。「フェザー級まで落ちるにも関わらず、ライト級でNKBライト級王者として君臨」「2011年9月19日、スアレック・ルークカムイ(タイ/尚武会/ムエローク杯59kg級ムエマラソン2011優勝)に完勝」「2011年12月10日、当時、NKBウェルター級王者だった栄基(MTOONGジム)からダウンを奪い圧勝」「2012年11月17日、日本でお馴染みの強豪、カノンスック・ウィラサクレック(タイ/ウィラサクレック・フェアテックスジム/元WPMF世界ライト級王者)に3RKO勝ち」などいかがでしょう?

ヤスユキ ええ、まあ、なんとか……。

――今度の梅原ユウジ戦は、フェザー級ですが、これまで保持していたタイトルは、NKBライト級王座です。ベストウェイトは、どこなのでしょう?

ヤスユキ 普段の体重が63kgくらいなので、ライト級(61.23kg)は、ほとんど減量がいりません。フェザー級(57.15kg)も左程きついわけでもありませんが、フェザーからスーパーフェザー級が戦いやすいです。

――つまりは、実質フェザー級でありながら、ライト級王者で、ウェルター級王者にパンチでダウンを取って勝っています。栄基選手は、その後、WPMF日本ウェルター級王者の“ムエタイゴリラ”T-98(タクヤ)選手とも接戦を演じるほどの実力者です。余程のハードパンチでもないとできないことなのでは?

ヤスユキ いや、力で倒すのではなく、タイミングですから……。

――カノンスックやスアレックは、日本でも実績十分の強豪です。

ヤスユキ スアレック、上手かったですね。向こうも日本で根を詰めて練習していないでしょうし、スタミナ勝ちしたようなものですから。

――実のところ、この3年負けなしで8連勝です。日本人に負けたことも2008年10月12日、NKBフェザー級王座決定戦で富原誠選手に0-2で惜敗したのみとなっています。

ヤスユキ あの試合は、今も引きずるほど酷いものでした。途中でスタミナが切れて、心が折れましたから。あれがあったから、僕はもうそうはならないと誓ったんです。

――それにしても自分で最強説をかき消すような謙虚振り……今年1月27日の「REBELS.14」では、リング上の挨拶で「秋元皓貴、梅野源治よりも僕が強い!」と言われていたのは?

ヤスユキ プロなので、そのくらい言わなきゃなって……。

――では、真実ではない?

ヤスユキ 勝負はやってみなければ、分かりません。でも、5対5から4対6くらいですかね?

――4:6の6がヤスユキ選手?

ヤスユキ いえ、僕が4で不利かなって(笑)。

――自分予想でも不利ですか?

ヤスユキ 勝つ自信はあります。けど、実績とかからして、それくらいかなって。だから、すごくやりたいです。

――そこまでいくには、その資格を得なければなりません。その第一弾が梅原戦です。

ヤスユキ そうですね。その自覚はあります。

――どんな試合になるでしょう?

ヤスユキ 全局面で圧倒します。

――全局面?

ヤスユキ はい、蹴っても、打っても、組んでも、肘でも、膝でも全部です。

――得意技は?

ヤスユキ 左ミドルキックです。

――ですが、全てで圧倒すると?

ヤスユキ 梅原選手は、テクニシャンで、わりと僕に似たタイプだと思うんです。だからこそ、全てにおいて格が違うところを見せたいなと。

――梅原選手は、長嶋大樹選手や不可思選手に勝っている紛れもない一線級の強豪です。

ヤスユキ 僕がただ勝つのではなく、全てにおいてハイレベルなとこを見せるのにうってつけな相手です。KOができたらしますが、速攻の一発で勝つのではなく、じっくりと強さを見せて完封したいです。

――そんなヤスユキ選手には、謎のベールにつつまれている感があります。キックボクシングを始めるきっかけは?

ヤスユキ 元々、プロレスが大好きでした。NWO時代の武藤敬司というかグレート・ムタが。地元に巡業が来きたら、観戦に行って、花道で選手をペタペタ触っていたくちでした(笑)。そうしたら、15歳の頃、近所に今のジム(Dropout)ができたので、高校の部活代わりに入会しました。

――それまで何か入れ込んだスポーツがあったとか?

ヤスユキ 特にないです。運動神経は、決して良くないし、本当に普通の子でした。ただ、団体競技が合わないというか、そういう特質はありました。

――最初からプロ志望で?

ヤスユキ いえ、全然(笑)。はじめの頃は、関節技がしたくてしょうがなかったくらいです。それがキックボクシングをやっていくにつれハマっていった感じで。

――プロデビュー戦の前には、アマチュアも?

ヤスユキ はい、一応、負けたことはないです。それでいけるかなと20歳でプロデビューしました。

――1985年生まれの28歳ですから、キャリア8年、ここまで戦績18戦14勝(5KO)3敗1分ですから、割とマイペース(年に2、3試合)で試合をしてきた感じですか?

ヤスユキ 日本では、それくらいですが、プロデビュー後にタイに1年以上渡って、ムエタイをしていました。

――それは初耳でした。どこのジムに?

ヤスユキ ジムの名前は、よく分からないような田舎です。バンコクの東、チョンブリー県のあたりです。外国人なんか誰もいない、お寺の中にジムがある変わったところでした。

――普通は、バンコクの外国人練習生の受け入れも多い大手ジムに行くところでしょうが、何故、そんな場所に?

ヤスユキ 「ムエタイをしよう」と思い立って、タイに詳しい知りあいもいないので、とりあえずドンムアン空港(タイの旧主要空港)に着いてタクシーの乗って、「ムエタイのできるところに行ってくれ」と必死に説明したら、2時間くらい乗せられて、そこに連れていかれて。

――2時間! 強盗殺人コースとは思いませんでしたか?

ヤスユキ 僕もそう思って、怖かったです(笑)。結果的には、何もない田舎なので、練習にも試合にも集中できてよかったです。

――そのあたりの胆の強さは、普通ではないと思います(笑)。タイでは、試合をされていたのですか?

ヤスユキ はい、20戦くらい。

――20戦! 日本の公式戦績よりも多いじゃないですか? 戦績は?

ヤスユキ 田舎の草試合が多かったですからねえ。正確な試合数も分からないくらいです。負けた数だけ覚えています。4つ負けました。だから、16勝4敗といったところでしょうか。

――タイで外国人がコネもなしにリングに上がってその数字は、驚異的な好戦績です。日本戦績と合わせたら38戦30勝7敗1分……見事な戦績です。ルンピニーやラジャダムナンのメジャースタジアムには?

ヤスユキ 話はあったんですけど、実現しませんでした。大きな試合は、年末の王宮広場で行われる記念大会に出ました。

――毎年、10万人以上の観客を集めて大々的に行われるキングスバースデイですね。

ヤスユキ その時は、久保優太選手も出ていました。

――すると2006年12月5日ですね。試合結果は?

ヤスユキ あまり強くない選手だったので、勝つことができました。

――力強い荒々しいスタイルが目立つNKB勢の中で、端正なムエタイスタイルなのは、本場仕込み故でしたか。

ヤスユキ 日本では、まったく無名な選手ですが、自分のいたジムの隣りのジムにいたチャッチャイノーイってラジャのバンタム級チャンピオンがいて、彼がオーソドックスからの左ミドル一本で試合を見事にコントロールするのに憧れて、今のスタイルが作られたところはありますね。

――梅原選手を全てにおいて上回るとのことでしたが、主武器は、左ミドルキック?

ヤスユキ はい。次の試合は、凄いタイ人が来日して、ミドル一発で会場を嘆息させるみたいなのをやりたいですね。

――サムゴー・ギャットモンテープ(10年前に初来日した左ミドルが得意の超強豪)のような?

ヤスユキ あそこまでは、ちょっと……(笑)。

――ヤスユキ選手の理想は、タイ人のような強さ?

ヤスユキ そうですね、絶対に崩れない強さです。

――絶対に崩れない?

ヤスユキ 例えば、次の梅原戦でも、たまたま入った一発のパンチでKO勝ちするのではなく、誰が見ても100回やって100回僕が勝つのが分かる強さです。

――確かにセンチャイ・ソーキングスター(現在の“ムエタイの神”と呼ばれる名選手)などを見ていると、そんな完全無欠で神々しい強さを感じます。ムエタイにぞっこんの様子のヤスユキ選手ですが、最近は、GLORYなどの肘打ちなしのK-1ルール的なものが世界標準になってメジャーとされていますが、そちらのルールに興味は。

ヤスユキ まったくないです。その方がお金も稼げるし、有名にもなるでしょう。けど、1ミリの興味もありません。そこにブレはありません。

――目指すところは、ムエタイの頂点?

ヤスユキ そこまでいきたいですね。途方もなく大変なことは解っていますが。

――ある意味、GLORYルールの世界一になる方が楽かもしれません。

ヤスユキ でも、嫌です。だいたい、あまり有名になりたくないんです。

――お金も名声も第一ではない? すると求道者的な道を選んでいる?

ヤスユキ そうですね。

――ちなみに普段のお仕事は?

ヤスユキ 海外で工場のラインを設置する会社に就職しています。タイ語ができるようになっていたので、そこを活かせるところで。つい最近もタイに出張してきました。

――これまでは、外部団体と一切交流しないNKBで戦ってきたのが、Dropoutがそこを脱退したことで急に可能性が広がってきました。改めて、今後、戦いたい選手の名前を教えてください。

ヤスユキ やはり、秋元皓貴選手、梅野源治選手の二人。中村敏射(旧名:中村元気)選手や森井洋介選手、駿太選手といったとことです。

――それぞれの寸評もお願いします。

ヤスユキ 梅野選手は、“剛”のタイプだと思うんです。技の中でも力で抑え込むみたいな。その点、僕は逆の“柔”なんで、異質の対決でいい試合になると思います。秋元選手は、僕と同じ“柔”タイプで、それはそれで好試合になる自信があります。この2名と頭抜けてやりたいです。中村選手は、僕もああいう生活(タイ在住でムエタイをタイ人と同様に職業としている)がしたかったので、そこが憧れです。すごく上手いと思うので、是非、やりたい。森井選手は、ポンサネー・シットモンチャイ戦(今年1月6日、結果はドロー)を見たんですけど、素晴らしい試合でした。だからこそ、やりたい。駿太選手は、ラジャのランカーに互角のムエタイ強さを持っていますから、これも是非。

――フェザーからスーパーフェザー級の選手で、微妙に階級が違いますが?

ヤスユキ フェザーからライト級だったら関係ないです。

――梅原戦で驚くような強さを見せることができれば、全部、実現の可能性があるカードばかりです。

ヤスユキ 全員とやりたいですね。

――REBELS-MUAYTHAIは、T-98がエースとして君臨し、そこに小笠原瑛作や田中秀弥が次ぐような展開となっています。

ヤスユキ では、もうすぐそこは入れ替わりますね。

――最後は、強気で豪胆なヤスユキ選手の印象となりました。4月14日が楽しみです!

ヤスユキ ……(笑)。



リングネーム:ヤスユキ Yasuyuki
所属:Dropout
生年月日:1985年3月22日
出身地:滋賀県草津市
身長:174cm
戦型:オーソドックス
得意技:左ミドルキック
血液型:A
デビュー年月日:2006年4月2日
戦績:18戦14勝(5KO)3敗1分
ステータス:元NKBライト級王者
キャッチコピー:日本最強説

公式ブログ:http://ameblo.jp/chaiyo/

最近の試合:
2012年11月17日 カノンスック・ウィラサクレック(タイ) ◎3RKO勝ち
2012年07月22日 岡田清治(大塚道場) ○判定勝ち
2012年06月16日 大和知也(SQUARE-UP) ○判定勝ち
2011年12月10日 栄基(MTOONGジム)  ○判定勝ち
2011年09月19日 スアレック・ルークカムイ(タイ) ○判定勝ち
2011年07月17日 Yoshitomi(姉崎ジム) ○判定勝ち
2010年03月22日 野呂裕貴(エスジム) ◎4R終了TKO勝ち


“キックのカリスマ”立嶋篤史、試合直前スペシャルインタビュー





取材日:2013年3月29日 聞き手:REBELSプロモーション


――残念ながら敗戦となってしまった前試合(立澤敦史戦)の振り返りからお願いします。

立嶋 まだVTRを見ていないので、自分の中の記憶と実際の誤差が埋まっていないので何とも言えないです。

――その記憶の中で敗因は?

立嶋 勝ったとも負けたとも思ってないです。引き分けというのも少し違います。

――判定に意義がある?

立嶋 不満はないです。選手は、審判の下す結果に、余程抗議しなくてはならないミスがない限り、どんなものでも受け入れるしかないんです。まして、負けたのであれば、口を閉ざすべきと思います。

――なるほど。

立嶋 勝ったり負けたりしながらですけど、(6年以上のフランクから復帰して)少しずつ良くなっている実感はあります。練習の質も量も、試合の中での動きでも。わかる人にはわかると思います。

――前回のインタビューでは、「見ないと損をする。そんな試合しかしません。後悔したいのなら見なければいい」と言い切る強い言葉が印象的でしたが、そういう試合になったでしょうか?

立嶋 僕は、25年以上ずっと変わらずにそういう気持ちで試合をしてます。新人時代から「メインを喰ってやる」つもりで試合してます。選手は誰もそうあるべきで。けど、満足はしてません。

――過去に満足のいく好試合は?

立嶋 それがあったら辞めてます。ないから続けてるんです。

――とはいえ、数々の名勝負を戦ってきました。

立嶋 それは、見ている人が決めることです。

――では、立嶋選手にとって良い試合の定義とは?

立嶋 「今日は会場に来て良かったな」って心から思える試合。それも人それぞれですし、それだけでもないですが。

――立嶋選手にとってそんな試合は、ありましたか?

立嶋 97年、サッカーの日本代表が初めてワールドカップ参戦を決めた試合とか。あれば、幼馴染(名良橋晃)が出てたのもあったから、すごい嬉しかったし。その頃、ファイトマネーの未納が継続していて、だからといって辞めようとは思わなかったけど、苦しくて、そんな時に励みになりました。

――そういった苦境は、著作(『ざまぁみろ!』(幻冬舎アウトロー文庫)、『死にぞこない』(ネコパブリッシング)にも詳しく述べられていました。

立嶋 約束した金を払わないのは糞だと思いますが、キックボクシングに何の罪もないですし、僕を裏切ってないですから。キックを嫌いになる必要はないです。僕はキックボクサーだからキック以外のことは、しないし、したくない。金で僕が他の競技に道を変えることはありません。

――最近、ブログで団体分裂やタイトル増設などについて、「量産するのは同じ階級のチャンピオンではなくいい選手だと思います」などと苦言も呈しておられました。

立嶋 プロモーターもジムの会長も人間だから色々あるんでしょうけど、どんどんキックを世間から分かりにくくしていっているのがもう何十年と同じことを繰り返して馬鹿ですね。

――K-1の誕生などは、言わばキックの混乱の中、それをメジャー変換して分かりやすくしたものだとも言えます。

立嶋 キックボクシングのルールを変えたりする必要なんかないんですよ。広まった分、余計わかりづらくした気がしています。そこで多少のお金やらで揺らいで初志をずらしていく輩も間違っているんです。そして、いつも被害者は観客であり、競技を頑張る選手です。

――昔から「立嶋だけ見ていればいい」「僕の引退と同時にキックは終わる」とまで言われていました。

立嶋 寸分違わず、今もその気持ちでやってます。

――先日(3月15日)のREBELS記者会見で山口元気代表が「立嶋篤史選手や魔裟斗君がいて、彼らは『自分が創ってやる』という意識を強烈に持っていました。立嶋選手なんてケイワンのケの字もない時代にキックだけで世界を変えてやると強烈に訴えて、実際にブームを起こすという結果を出した。『自分一人でやってやる』そういう強いエゴがないと人はついて来ないし、ムーヴメントなんて起こせない」と全選手に向けてアジテーションしました。

立嶋 僕は、僕の試合を来てくれたお客さんに満足してもらうようにするだけです。

立嶋篤史
――そんな立嶋選手の試合は、ファイト内容そのものだけでなく、リングイン時の緊迫した雰囲気が「入場でお金が取れる」とまで言われ、日本刀で相手を斬るパフォーマンスなど魅力的なギミックに満ちています。

立嶋 仕事ですからね。プロとして自分を知ってもらうために考えて、やり始めました。けど、省くならそれも構わないです。僕の面白さはそこだけではないので。

――実は、REBELSでは、そんな立嶋選手の魅力をより多く引き出したいので、最近では、リングアナのコールをリング上から行うなど、ささやかな配慮はさせていただいています。競技的には、依怙贔屓となっても、お客さんの要望があるだけに興行として今回もやらせていただきます。

立嶋 僕からしたらそこはどちらでもよいです。

――それと最近のブログで「減量から逃げたくない。フェザーから上げる気はない」と書かれていましたが、立嶋選手のフェザー級へのこだわりやオーバーワークが心配になる程の走り込み、減量のストイック振りは、異常なほどではないかと思えて仕方ありません。

立嶋 減量に苦しめばいいという意味ではありません。ただ、練習でも減量中の走る量でも簡単に人が真似できるような普通のことだけしてたら価値がありません。そんな選手になんのオーラも感じません。そんな選手の試合を見たいとも思いません。常に選手は、特別な感情でリングに上がるべきだと思います。相応の無理も無茶もするのが仕事だと思っています。それができなくなったらプロは終わりです 。

――失礼ながら、節制が過激すぎて、スーパーフェザー級にアップすればもっと強くなるのではないかとも勘ぐってしまいます。

立嶋 そりゃ苦しいなんて当たり前です。楽な節性も減量もありません。楽な競技ではないのだからそれでいいんです。選手は苦しんで苦しんでスタートラインに立つんです。キックにはスタートが2つあります。減量のスタート、試合のゴング。ゴールも2つあります。計量と勝ち名乗り。当たり前のことなんです。わき腹をたるませてリングに上がるプロなんて何の魅力も感じません。

――それにしても走り過ぎて脱水症状なのか「身体が引き攣る」といった話を見ると心配してしまいます。

立嶋 階級を上げたって、追い込む走り込みをすれば、結局一緒です。想像を上回る無茶をして、心配されるのは、結構なことです。それで「立嶋がどんな試合をするんだ?」と興味を持たれれば、僕の仕事として正解。そういう犠牲を払い続けるからこそプロを名乗れるんです。

――なるほど……次の相手、下東悠馬選手のことは、研究されていますか?

立嶋 別にしませんし、今まで通りです。

――前回はWPMF日本ランカーでしたが、次は5回戦とはいえノーランカーが相手となりました。

立嶋 それは、プロモーターサイドが決めることで、僕は、毎回試合をいいものにして、「メインに使いたい」と思わせるように頑張るだけです。

――打倒ムエタイや全日本キックボクシング連盟のタイトルを狙っていた90年の頃ならいざ知らず、求道的に闘っているように見える現在の立嶋選手は、今もタイトル獲得など新たなステータスは狙っているのでしょうか?

立嶋 もちろん。言わないだけで。お金も名誉も欲しいです。キックボクシングで。

――前回のインタビューでも具体的な目標が「言わないだけである」とのことでした。

立嶋 前回、勝っていれば、言ったかもしれないですけど、負けたので。今回、勝ったら言うかもしれないし、言わないかもしれない。ただ、選手として常に上を向いています。

――それにしてもすでに功なり名なりは、充分に成されていると思います。自伝本を二冊も書けるキックボクサーなど、もうしばらく出そうにありません。

立嶋 まだまだです。もっともっとです。こんなんじゃ駄目なんです。

――話は変わって、ブログでも触れられていましたが、90年代初頭、キック界を席巻した名選手、“地獄の風車”ラモン・デッカーが、今年2月27日、オランダの事故により43歳で急逝しました。41歳の立嶋選手と同年代の英雄でした。

立嶋 会ったことも話したこともないんですけど、彼の試合を見に会場に行ったことがあります。あの時代のキック関係者は、デッカーこそが(タイ人にとっての)外国人選手の手本だと、皆、思っていたはずです。僕ら外国人がタイ人に勝てなくて悔しくて、そんな中、「こういう勝ち方があるんだ」って教えてくれました。ビデオは何回も見て参考にしました。今の選手たちも見るべきです。デッカーは。

――本当に最強で最高の選手でした。

立嶋 僕が今のムエタイやキックをあまり見ていないのかもしれませんが、80年代後半から90年代前半のムエタイって、デッカーだけでなく本当に試合が面白くて強い選手が沢山いましたよね。ヒザ蹴りならパノムトゥアンレックやランスワン、蹴りならチャンプアやパーヤップ、パンチはサムランサック、何でもできるゲーンサックやオーレーとか、今でもDVDを見て手本にしています。ランボー(ポンシリ・ポー・ルアムレディー)とか試合が熱かったです。魅力に満ち満ちてます。あんなに胸がときめくような試合って、今、ありますか?

――実は、山口代表ともよく話すのですが、あの頃の「スッグ・ワン・ソンチャイ(ルンピニースタジアムのソンチャイプロモーターによるイベント)」の熱を現代風にアレンジして再現することがREBELSの理想だと目指しています。

立嶋 ああ、いいですね。あの頃は、今みたいにビデオで動画が簡単に手に入らなかったし、情報も雑誌でほんの少し。『ゴング格闘技』のモノクロの小さな記事を食い入るように見て、切り抜きを貼ったりして真似しようとしたりして。

――希少だっただけに集中して何度も見ていたものでした。

立嶋 デジタル世代の現代の子たちは、インターネットやYouTubeで気軽になんでも手に入るけど、それって必ずしも良いことばかりではない気もします。例えば、デジカメもない頃、自分の写真を焼いてもらったら、すごく嬉しかったけど、そういうことが希薄になってるような。

――その頃に選手だった人たちがプロモートサイドに回って、現役時代に感じたはずの矛盾やゴタゴタをトレースしているかのように問題を解決できない様子には、自分も当事者ながら嘆息してしまいます。

立嶋 反面教師にできるはずなんですけどね。僕はまだ選手なので、運営者側の考えは解ろうとも思いません。見捨てる気もないけど、劇的に良くできない状況に呆れるだけです。自分だけでも報われるように自分の仕事を全うするのみで。

――選手から運営側にまわった同年代の関係者たちに何か言いたいことはありますか?

立嶋 「そろそろキックボクシングやりましょうよ!」。ホントは、絶対、分かっているはずなんですよ。

――そこで次の試合ですが、どんなところに注目してもらいたいですか?

立嶋 「コイツだけは変わってないなあ」、「この人はキックボクサーなんだな」って感じてほしいですね。昔からのキックファンが「キックってまだあったんだ」って安心して嬉しくなるような。そして、今の人たちが「これがキックボクシングなんだ」って解るような。

――……。

立嶋 僕のこと嫌いな人、沢山いるでしょう。百人いて百人に好かれようなんて思いません。ただ、その百人が全員目を離せなくなるような試合をします。

――つまりは?

立嶋 見て感じてください。言いたいことは試合で言います。駄目なら見捨ててください。


リングネーム:立嶋篤史 Atsushi Tateshima
所属:ASSHI-PROJECT
生年月日:1971年12月28日
出身地:東京都豊島区
身長:173cm
戦型:オーソドックス
得意技:ローキック、肘打ち
血液型:AB
デビュー年月日:1987年8月3日
戦績:78戦40勝(27KO)34敗4分
ステータス:元全日本フェザー級王者
キャッチコピー:キックのカリスマ、レイジングホース

対戦カード


第18試合 REBELS 70kg級王座決定戦 3分3R(無制限延長R)
日菜太(クロスポイント吉祥寺/元RISEミドル級(70kg)王者)
小西拓槙(M-BLOW/REBELS RAIDERS TOURNAMENT 2013 優勝)

第17試合 WPMF日本ルール 68kg契約 3分5R
T-98 [タクヤ](クロスポイント吉祥寺/WPMF日本ウェルター級王者)
緑川 創(藤本ジム/新日本キック日本ウェルター級王者)

第16試合 WPMF日本ルール フェザー級 3分5R
梅原ユウジ(STRUGGLE/M-1フェザー級暫定王者)
ヤスユキ(Dropout/元NKBライト級王者)

第15試合 REBELSルール 59kg契約 3分3R
町田 光(橋本道場/WPMF日本スーパーフェザー級1位、元MA日本スーパーフェザー級王者)
不可思(The Body Box/WPMF日本フェザー級8位)

第14試合 WPMF日本ルール ウェルター級 3分5R
田中秀弥(RIKIX/WPMF日本ウェルター級2位)
福田裕介(PLACE-K/2006年第1回ドラゴンカップ中量級準優勝)

第13試合 WPMF日本ルール ウェルター級 3分3R
中澤 純(ワイルドシーサー群馬/MA日本ウェルター級王者)
UMA [ユーマ] (K&K BOXING CLUB/J-NETWORKウェルター級2010年新人王)※松井裕馬 改め

 ~ メインイベントの部オープニングセレモニー ~
 ~ 休憩(17:25~17:35頃を予定) ~

第12試合 WPMF日本ルール フェザー級 3分5R
立嶋篤史(ASSHI-PROJECT/元全日本フェザー級王者)
下東悠馬(クラミツムエタイジム)

第11試合 REBELSルール 55kg級 3分3R
出貝泰佑(バンゲリングベイ・スピリット/J-NETWORKスーパーバンタム級2位)
國本真義(MEIBUKAI KICKBOXING GYM/WPMF日本バンタム級6位)

第10試合 REBELSルール 67kg契約 3分3R
喜入 衆(フォルティス渋谷/元J-NETWORKスーパーライト級王者)
中田裕市(クロスポイント古河/WPMF日本ウェルター級10位)

第9試合 WPMF日本ルール スーパーフェザー級 3分3R
横田 健(習志野ジム/MA日本ライト級10位)
HIROKI(Dropout/元NKBフェザー級1位、WPMF日本スーパーフェザー級5位)

第8試合 WPMF日本ルール スーパーバンタム級 3分3R
岡田有晃(谷山ジム/J-NETWORKスーパーバンタム級7位)
ベム(Dropout/元NKBバンタム級1位)

第7試合 WPMF日本ルール スーパーライト級 3分3R
番長兇侍(習志野トップチーム)
パク・チョンス(韓国/team OJ)

 ~ 休憩(15:10~15:20頃を予定) ~

第6試合 REBELSルール REBELS NEW RAIDERS LEAGUE 60kg級 3分3R
野上勇介(龍二ジム)
大橋悠一(クロスポイント大泉)

第5試合 REBELSルール REBELS NEW RAIDERS LEAGUE 60kg級 3分3R
Tatsuya(The Body Box)
古谷野一樹(クロスポイント古河)

第4試合 REBELSルール 60kg級 3分3R
櫻木崇浩(バンゲリングベイ・スピリット)
TAISUKE(SFKキックボクシングジム)

第3試合 REBELSルール REBELS NEW RAIDERS TOURNAMENT 55kg級 1回戦 3分3R
ZAWA-3 [ザワサン](スクランブル渋谷)
市川一大(クロスポイント大泉)

第2試合 REBELSルール 女子45kg級 2分3R
松下えみ(T-KIX)
宗田智美(シーザージム渋谷)

第1試合 REBELSルール 60kg級 3分3R
林 亮介(バンゲリングベイ・スピリット)
小林克成(練誠塾)

スケジュール


開場・12:00  オープニングファイト開始・13:00 本戦開始・13:30
メインイベントの部開始・17:35(予定) 大会終了・20:00(予定)

チケット料金


SRS席 15,000円(16,000円)
RS席 10,000円(11,000円)
A席 7,000円(8,000円)
B席 5,000円(6,000円)
※カッコ内は当日料金。6歳未満は入場無料(小学生から有料)

チケット販売所


イープラス http://eplus.jp
REBELSプロモーション
参加各ジム、各選手

お問い合わせ


REBELSプロモーション 03-3397-0752  rebels.muaythai@gmail.com
http://blog.livedoor.jp/rebels_muaythai/ 

Home > NEWS > REBELS > 町田光・ヤスユキ・立嶋篤史 直前インタビュー:4.14 有明

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