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黒澤浩樹・聖心館館長、54歳で死去。極真会館、PRIDE、K-1で活躍

 80~90年代に極真会館で活躍した黒澤浩樹・聖心館空手道館長が3月25日に急性心不全で死去した。54歳だった。84年の第16回全日本空手道選手権では最年少優勝記録を作り、不屈の闘志で高い人気を誇る。97年のPRIDEの旗揚げ時に代表幹事も務め、PRIDE.1にも出場。00年から03年にはK-1にも参戦した。榊原信行RIZIN実行委員長、巌流島の谷川貞治プロデューサーが追悼の言葉を発表している。
 黒澤氏は中学時代に極真会館に入門し、84年の第16回全日本空手道選手権で同大会に初出場し、22歳の最年少優勝記録を作る。87年から95年には4年に1度の全世界空手道選手権に連続出場し、87年と95年は6位、91年は3位に入賞した。91年の全日本ウェイト制では左薬指の骨を露出させた開放骨折の状態でも戦い続けるなど、武勇伝も多く、“極真魂”を具現化した選手としてカリスマ的な人気も高かった。
 97年に旗揚げしたPRIDEでは主催組織のKRSの代表幹事を務めつつ、同年10月のPRIDE.1では初の総合格闘技に挑戦。体重130kgのイゴール・メインダートと対戦したが、投げをこらえようとした際に右膝の十字靱帯を断裂しドクターストップがかかった。同年に極真会館から独立し、98年に黒澤道場(現在の聖心館)を設立。99年に現役復帰し、00年から03年にはK-1に参戦し、角田信朗、村上竜司、平直行らとも戦った。(写真は03年6月のK-1での最後の試合となったアイバン・サラベリー戦)
 以降は東京・中野の道場で指導にあたっていたが、PRIDEでの右膝の怪我の後遺症に悩まされ、昨年に膝を手術。黒澤氏の訃報を記した聖心館のフェイスブックページの弘美夫人のメッセージによると、「(亡くなる)前日まで気丈にリハビリの渦中でありながらも指導を行っていた」という。黒澤氏の密葬は済まされ、お別れ会の日程は調整中だという。

 RIZINの榊原信行実行委員長はTwitterに「共にPRIDEを立ち上げ、PRIDE.1には選手として出場された黒澤浩樹さんが逝去されました。 黒澤さんからは、絶対に退かない姿勢、諦めない魂を学ばせていただきました。 心からご冥福をお祈りいたします。」と記した。また、巌流島の谷川貞治プロデューサーも、「格通時代、僕は黒澤浩樹さんのことを『絶滅しそう最後のニホンオオカミ』と煽りました。同世代だし、とにかくカッコいい人で、思い入れも強い。心よりご冥福をお祈りします」と、格闘技通信での黒澤氏が表紙の号の画像を添えてツイートしている。






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